君がいれば、楽園
「姉ちゃん、お客さんに絡むのやめてっ! 営業妨害で訴えるよっ!」

「ごめんなさい……あの、どうぞ心おきなくトイレ行ってください」

「え、ええ、それじゃ、お言葉に甘えて」

 弟に言われ、渋々トイレへ向かうオッサンの背を見送る。

「で、どうして冬麻さんが別の人を好きになったと思ってるの?」

「わ、わたしが……冬麻の気持ちがわからないから……嫌になったんじゃないかと、思う」

 弟は、わたしが人とのコミュニケーションを苦手としていることを知っている。
 
 彼とわたしが店に立ち寄ると、今夜みたいにわざとキツイことを言ったり、からかったりして、わたしが普段なかなか口にできないことを聞き出してくれていた。

 彼がわたしを理解する手助けになればと思ってのことだ。

 でも、わたしが冬麻のことを理解できないままでは、わたしたちの関係が上手くいかないのも当然だ。

「ま、姉ちゃんは、何にもわかってないだろうねぇ……でも、冬麻さんだって姉ちゃんの気持ち、わかってないんじゃないの? 姉ちゃんたちって、あんまり喧嘩とかしなさそうだし。この際だから、冬麻さんの嫌いなところ言ってみれば? すっきりすると思うよ。二股かけられて、ムカつかないほうがどうかしてるし」

「二股?」

 トイレから戻って来たオッサン紳士が隣に座ろうとして、身体を強張らせる気配がした。

「でも……」

「ぶっちゃけたほうが、引きずらずに済むよ。溜め込むのが一番よくない」

 気が進まなかったが、自分の百億倍は恋愛経験豊富に違いない弟の助言には逆らえなかった。
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