猛獣御曹司にお嫁入り~私、今にも食べられてしまいそうです~
プロローグ
夜の帳は降りていた。
暗い室内には月明りのみ。畳と真新しい寝具に、長く伸びるのは私ともうひとつの影。
私は知らずごくりと生唾を飲み込んだ。
目の前には大柄な人物。彼の膝で布団がきし、と音をたてた。
私は無意識に掛布団を強く握る。後退ってしまわないようにするのが精一杯だ。
「俺が怖いか?」
低い声が私に尋ねる。
怖い。だけど、そんなことは言えない。
かといって、怖くないと首を振ることもできない。
唇を噛みしめ、震えを隠すことしかできない。
「覚悟を決めろ」
彼は言った。
「おまえは俺のものになるんだ、幾子(いくこ)」
それはわかってる。私は彼の妻になった。今日、この人のもとへ嫁いだ。
だけど……。
だけど……。
不意に空気が動いた。彼の大きな手が私の頬を撫で、顎をくいと持ち上げたのだ。
獰猛な獣の瞳が私を捉えている。
「おまえには俺の子をたくさん産んでもらう」
低く断定的にささやかれ、私の胸に湧き起こるのはただただ恐怖だった。
私は……まだ……!
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