猛獣御曹司にお嫁入り~私、今にも食べられてしまいそうです~
「よし、ここ全部貼ったらお昼休憩にしような」
「はい!」

すでに昼休みに突入の時間だけれど、先に終わらせてしまった方が早そうだ。麻生さんは金剛グループ歴が長いせいか、私の働き方も柔軟に対応してくれている。お昼休憩は時間通りじゃなくていいし、午後三時には由美子さんと三人でお茶をするのを忘れない。四時半には退勤なのに優雅だ。
すると総務から出てきた男性が麻生さんに声をかける。

「麻生さん、お手伝いに入った女の子ってその子?」

若い社員の男性だ。細身で、二十代半ばくらいに見える。

「そうだよ。幾子ちゃんって言うんだ。俺も年だからね。三実さんが気ぃ利かせて雇ってくれたのさ」

麻生さんは気楽な雰囲気で返す。彼は社内の誰ともこんな調子で会話する。みんな麻生さんがOBであることを知っているので、敬意と親愛を持って接している様子だ。

「幾子ちゃんかあ。可愛いなあ。今、いくつ?」
「えっと、二十歳です」
「ひゃあ、若いなあ!短大卒って感じ?」
「いえ、高卒で一般事務で働いていました」

答える声が小さくなる。人見知りなもので、勢いよくこられるとびっくりしてしまうのだ。

「小田くん、おまえ手ぇ出すんじゃねえぞ」
「麻生さ~ん、幾子ちゃん可愛いじゃん。総務にちょうだいよ~」
「やんないよ。三実さんに怒られちゃうからな」

可愛いと言ってもらえて嬉しい気持ちもありつつ、人妻なんですとは言えない。
しかし、こんな時に感じる。三実さんはよく私を可愛い、美人だと褒めてくれるけれど、今目の前にいる社員(小田さん?)のように感情が滲むような感じがしない。
言葉は熱烈なのに、表面をなぞるようにしか響かないのだ。
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