秘書清水が見た、冷徹社長の初恋
視察を終えて会社にもどると、春日の様子がいつもと違うことに気付いた。仕事は精力的にこなすものの、区切りがつくたびに、ほんの数秒心ここにあらずというような雰囲気になる。

私が別件で席を外していた間に、春日は今朝訪問した工場に連絡を取り、見学に来ていた学校についていろいろ聞いていたようだ。
どうやって聞き出したのか、鉛筆の忘れ物があったという情報を得ていた。ただそれは記名もなく、おそらく今日来ていた子どものものだと思われるという、あまりにも曖昧なものだった。
馬鹿にするわけではないが、たかが鉛筆1本。1週間ほど保管して、連絡がなければこちらの自由にすれば良いと思った。が、春日はこの脆く小さなつながりを、あの時出会った女性教師へと繋げた。

これまで女性に困ることのなかった彼が、忘れ物を届けるという、あまりにもささやかすぎる用件をもとに女性に近付く様は、不思議であり、滑稽でもあった。そして、内心、安心もしていた。彼に人間らしい温かみを感じるのは、初めてかもしれない。

< 7 / 35 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop