溺愛の価値、初恋の値段
◆ ◆ ◆

クリスマスから二日が過ぎた金曜日。

いつものようにアパートへやって来た飛鷹くんは、大きな紙袋を抱えていた。


「いらっしゃい、飛鷹……くん?」

「重い! 早く!」

「え、うわっ」


慌てて受け取った紙袋の重量に、よろめく。


「これなに……え、本?」


紙袋の中には、ぎっしりと分厚い本が詰まっている。


「俺が昔使ってた参考書。もう二度と使わないから、あげる。クリスマスプレゼント。嬉しいでしょ?」

「え……ぜんぜん、嬉しくない」


思わず正直な感想を述べたら、軽く睨まれた。


「なに、その言い草。人の厚意を無下にする気?」

「ゴメンナサイ……アリガトウゴザイマス。トッテモウレシイデス」

「ぜんぜん、気持ちこもってないよね?」


ぎゅうっとほっぺを引っ張られる。


「ほ、ほんなほろ、はひ」

「海音は、すぐ楽なほうに逃げるし、怠けるし、ぜんぜんわかってないし」

「ひらひっればー!」


飛鷹くんは、わたしが涙目になるとようやく手を放した。


「痛いよっ! ひどいよ、飛鷹くんっ!」

「ひどいのはどっちだよ……って、すごいな。これ、全部海音が作ったの?」


テーブルに所狭しと並ぶ料理を見て、飛鷹くんが目を丸くする。

今日は、オムライスのほかに、ホワイトシチュー、シーザーサラダ、フライドポテトに唐揚げ、デザートに手作りプリン付きだ。


「九十九番にしてくれたお礼! ニセモノのシャンパンもあるよ。ちょっと遅いクリスマスだけど、カンパーイ!」

「…………」



飛鷹くんは、あっという間に完食し、ぽつりと感想を述べた。


「うち、クリスマスを祝ったりしないから、なんか新鮮」

「えっ! クリスマスしないの? どうして?」


イマドキの日本で、クリスマスをスルーするご家庭があるのかと驚くわたしに、飛鷹くんは困ったような、諦めきったような笑みを向けた。


「うち、両親の仲がめちゃくちゃ悪いんだよね。父親には何人も愛人がいて、母親は父親への不満や愚痴を俺に言ってくる。ほんと、ウザい」


飛鷹くんと初めて会った日、どうしてあんな時間、あんな場所にいたのか、わたしは訊かなかった。

話したくなったら話すだろうし、どうしても話したくないこともあると思ったから。

わたし自身、お母さんがシングルマザーだということやスナックを経営していることを誰彼かまわず話したりはしない。


「あんなにいがみ合っているんだから、さっさと離婚すればいいのに」

「……でも、お母さんはお父さんのこと、まだ好きなのかもしれないよ?」

「好きなんじゃなくて、ただの執着。一度気持ちが離れたら、もとには戻らないと思う。あんなに堂々と裏切られていながら、信じられるはずがない。心の中では軽蔑している。ただ、捨てられるなんてプライドが許さないだけ」


飛鷹くんは、自分の両親のことを間近で見て来たから、よくわかっているのだろう。

頭のいい彼には「結末」が見えているのかもしれない。

けれどわたしには、その声も表情も、彼が吐き出す言葉とは正反対なものを表しているように思えた。
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