キミ観察日記
「まるで本物のキョウダイのようですね」
洗面所を覗いた男が、はにかんだとき
「どこがですか」
与一が少女に歯磨きジェルを使い【仕上げ】の歯ブラシをかけていた。
「それは研磨剤を含んでいませんから。うがいは軽く、ほんの少量の水で十分です」
フッ素滞留が高く虫歯の予防にいいとされるそのジェルからは、桃の香りが漂っている。
「飲むなよ? 吐き出せ。ぐちゅぐちゅ、ぺ。そうそう」
与一と少女のやり取りに、クスリと男が小さく微笑んだ。
「いや、笑ってる場合じゃないです。めちゃくちゃ手がかかるんですけどコイツ」
「名前で呼んでやってください」
「ですが。僕は、この子の名前を知りません」
「おや。そうでしたか」
「……なあ。お前、名前は?」
与一の問いかけに、少女が首をかしげる。
「あー、だからな。僕の名前は、与一。お前は? 名前くらい言えるだろ」
「こーか」
少女が、ぽつりとつぶやいた。
「……こーか?」
眉間にシワを寄せる与一に、
「紅の花と書いて紅花さんですよ」
と男が補足する。
「立派な名前つけてもらいやがって」
与一の言葉に、少女はなにも答えない。
「なんかいえよ」
「では、行ってきますね」
男が、二人に背中を向けた。
洗面所を覗いた男が、はにかんだとき
「どこがですか」
与一が少女に歯磨きジェルを使い【仕上げ】の歯ブラシをかけていた。
「それは研磨剤を含んでいませんから。うがいは軽く、ほんの少量の水で十分です」
フッ素滞留が高く虫歯の予防にいいとされるそのジェルからは、桃の香りが漂っている。
「飲むなよ? 吐き出せ。ぐちゅぐちゅ、ぺ。そうそう」
与一と少女のやり取りに、クスリと男が小さく微笑んだ。
「いや、笑ってる場合じゃないです。めちゃくちゃ手がかかるんですけどコイツ」
「名前で呼んでやってください」
「ですが。僕は、この子の名前を知りません」
「おや。そうでしたか」
「……なあ。お前、名前は?」
与一の問いかけに、少女が首をかしげる。
「あー、だからな。僕の名前は、与一。お前は? 名前くらい言えるだろ」
「こーか」
少女が、ぽつりとつぶやいた。
「……こーか?」
眉間にシワを寄せる与一に、
「紅の花と書いて紅花さんですよ」
と男が補足する。
「立派な名前つけてもらいやがって」
与一の言葉に、少女はなにも答えない。
「なんかいえよ」
「では、行ってきますね」
男が、二人に背中を向けた。