にじいろの向こう側




結局、24日の仕事はかなりのハードスケジュールで、帰れたのは、25日の朝。


圭介に出迎えられて行った先の自室には、俺の枕を抱えて寝ているマコの姿があった。

思わずその横に腰をかける。


「…ただいま。」


ぽつりと呟いた途端、腕をグイッと引っ張られて


「おわっ!何すんだ!」


見事にマコの腕の中に収まる。


「咲月ちゃーん!!!」

「はっ?!起きろ!バカ兄貴!」


慌てて、唯一動く足の先で、マコの脛を蹴ったら「痛って!」と飛び起きた。


「お帰り、瑞稀…。」


ふあああっって欠伸しながら頭を掻いてるけど。寝言で咲月の名前叫ぶとか…。

フウッて思わず溜息が溢れた。


首に巻きっぱなしのマフラーがやけに存在を示している。
それが暖かいせいだろうか。不思議と、緊張は無かった。


「マコ、咲月の事で話があるんだけど。」


躊躇いも、戸惑いも全く無かった。


「…うん。」

「俺、咲月が好きなんだよ。と言うか、俺にとって必要な人なんだよ。」


そうやってすんなりと言葉が出て来た。


「……。」


ただ、黙って俺を真っすぐ見つめているマコの大きな瞳が揺れている。


「ごめん、マコがいくら咲月の事を好きになっても、俺は諦める気もなければ、譲る気もないから。」


それを真っすぐ見つめ返し、逸らす事なくてそう言った。


「……。」


暫くの沈黙。


「…そっか。」


その後、マコの表情が急に優しい笑顔に変わる。


「瑞稀〜!!!おりゃっ!」


長い腕が伸びて来て、ぐしゃぐしゃっと乱暴に撫でられる俺の頭。


「はっ?!何すんだ急に!」


マコは慌てた俺を楽しそうに笑う。それから、ふうと少し深く息を吐いた。


「瑞稀、俺さ、咲月ちゃんにフラレちゃった。」

「…はっ?」


髪を整えながら目を見開いた俺に、マコはニカッて白い歯見せる。


「…告白した…とか?咲月に。」
「ん~…告白と言うか…『一緒に旅に出よう!』みたいに言ってみた。」


また…大胆な。


「で?咲月は何て。」

「『行きます』ってさ。」

「…フラレて無いじゃん。寧ろ、ノリノリに聞こえるんですけど。」

「違うって!続きがあるの!『瑞稀が一緒なら』ってさ。」


少しだけ眉間に皺が寄った俺にマコはまた穏やかに微笑む。


「世界を観るって言うのは楽しそうだけど、それは、瑞稀が一緒って前提が無いとダメみたいよ?『私、瑞稀様の傍らに居られないのは…嫌です』ってさ。」

「はあ…。」

「何その気の抜けた返事!」


いや…だってさ。

確かにね?

『マコに「咲月は俺のだ」って宣言していい?』なんて格好付けていったけどね?


実際問題、俺が言うかなんてさ…わかんないでしょ。

しかも、主人だよ?マコは。
もっとうまくかわす方法、考えりゃ良いのに。


「咲月ちゃん、即答だったんだよ?」

「何がよ」

「だから…俺が『瑞稀の事好きなの?』って聞いたら『はい、凄く』って。」


本当にバカ正直と言うか、世間知らずで対応力ゼロと言うか。


「あ!瑞稀、すごいニヤけてる!俺がこんなに傷ついてるのに!」

「いや、にやけてないよ?悪いね、マコ。御愁傷様。」

「あーもう!俺のが早く会ってたらな」

「悪いけど、結果は同じだから。あの人は俺のなんで。」


そう言ってベッドから腰を浮かせた俺の腕を「そんな事言ってさ!」と言いながら引っ張って再びベッドへと転がすマコ。


「ふてくされて、咲月ちゃんに八つ当たりしてたくせに!」


なっ?!気が付いて…


マコの言葉に、反射的にカッと身体が熱を放った。


「やっぱ、瑞稀は可愛い!そんなに俺に相手にして欲しかったわけ?」


馬乗りになってまた俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でながら笑っているマコに


「やめろ!バカ兄貴!そんなわけないだろうが!マコが咲月にちょっかい出すから、イライラしてただけだわ…って重いわ!どけ!」


そう悪態ついたけど


やっぱマコには敵わない。


それをハッキリ思い知った。


マコは、最初から分かっていたんだ。多分、全部。
その上で、俺を追いつめて考えさせた。
俺自身が『どうしたいか』答えを出させる為に。


「瑞稀!ほら、ぎゅーっ!」
「あ~…はいはい。」


まあ…無意識かもしれないけどね、マコの事だから。
俺に対する、野生の本能みたいな?

だけど、やっぱりマコは俺の兄貴だわ。
俺の事を、どこか俺よりも理解していて先へ進めてくれる。


唯一無二の存在だ。




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