マナーな恋していいですか。
出会いと別れ
 ここはシャンデリアが数カ所にあり、赤い絨毯がよく似合うレストラン。ここに来るのは大抵、富裕層の者や何かと記念日に気合いを入れ過ぎているカップルぐらいだ。そんな中に一際目立つドレスが一つ。部屋の中心にいる。向かい側に座るのは20代のスーツ男子。
 「美味しいね」と言いながら洒落た料理を丁寧に口に運ぶ彼。その向かいで「ほんと美味しいね」と笑顔で相槌をうつのは結婚式に参列しているようなドレスを着た女性。側から見るととてもいい雰囲気の2人。
 カチャカチャ。
 静かな部屋にフォークとナイフが皿に当たる音が鳴り響く。 このような雰囲気のあるレストランではまず聴くことの無い音だ。その音の正体はドレスの女性だった。
 「あれ〜おかしいなぁ」と引きつった笑顔を見せながらメインの肉料理を食べようとしているが、なかなか口に運べない。 
 「カチャ」っと同時にお皿に添えてあったはずのトマトが弧を描きながら向かいの男性の元へと転がる。それを見かねたウェイターが「お箸ご用意致しましょうか?」と聴く。しかし、その女性は恥ずかしさからなのか「いいえ。大丈夫です」と返す。するとウェイターは「失礼しました」と去って行った。
 この女性は武野ゆうみ。ご覧の通り、このような食事には生まれて初めて行くような普通の人だった。目の前に座っている男性は付き合って1ヶ月の年下彼氏で、今日は付き合って1ヶ月のお祝い。そんなウキウキする場のはずだったがその年下彼氏は無言で無表情でご飯を食べている。
「付き合って1ヶ月あっという間だったね」
 居心地の悪い空気を抜け出すため武野は笑顔で話しかける。
「あぁ。そうだね」
 一切武野に目もくれず返事をする。
「今日はありがとね。こんな素敵なところに連れてきてくれて」
「うん」
「こんな場所初めてで緊張しちゃったよ」
「うん」
「ゆうきくんはこういうところよく来るの?」
「いや。あんまり」
 必死で笑顔で話しかけるが無駄だった。彼(ゆうきくん)の表情は一向に変わらない。そんなやりとりをしている内にコースが全品終了した。その為、彼はすぐに帰る支度を始めた。武野はゆっくりしていくと思っていた為、出遅れながらもなんとかついて行った。
「じゃあゆうみは2万4千5百円ね」
 武野は突然の事に理解に遅れたが、言われた通りの値段を渡した。お支払いを済ませた彼は「じゃあまたね」と言って夜の街へ遠ざかっていった。
 なぜ武野は理解に遅れたかというと、実は今日は武野の誕生日だった。その為このディナーはお祝いだと思っていた。
 武野は俯きながら街灯の明るい街を歩く。すれ違うカップル達をいちいち見ながら更に落ち込む。家に向かって歩いていたところで忘れ物に気づいた。腕を触ると彼に貰ったブレスレットが無かった。急いで店に戻る。
 途中の細い路地から彼と彼の友達の声が聞こえてきた。その路地の手前で一旦立ち止まる。
 「今日彼女とディナーだったんだろ?帰ってくるの早くね?」
 彼に声を掛けようと思っていたが一度立ち止まり、耳を傾けた。
 「ありえねぇよあの女。顔はかわいいけど、食べ方汚いしマナーがなってないし。年上でもだめだな。まぁでも顔はいいから今日は相手してもらおうかな」
 彼は嘲うようにニヤニヤして、友達はそれを聞いて笑っていた。
 武野はその場から動けなかった。バレるのを恐れていたのもあるが何よりも悲しくて悔しかった。武野は目の縁の涙をぬぐう。そしてバレないように急いでその場を離れた。
 明るい街から奥に入った商店街を歩く。もう店はほとんど閉まっている。レストランに忘れ物を取りに行ったはずがとんでもないダメージを受けてしまった。
 携帯をふと見ると彼から「さっきはごめん。やっぱり今日この後会えない?一緒にいたいな」と連絡が入っていた。既読のままにした。その画面を見るたび涙が溢れ落ちそうになる。
 商店街の屋根を過ぎると雨に打たれた。傘を持っていない為直で雨に当たる。でも、今はそんな事はどうでもよかった。
 「なんでこんな事になったんだろう。こんなつもりじゃなかったのに…」
 溢れる水が雨か涙か分からなくなっていた。
 突然雨が止む。しかし、それは自分の周り直径1メートルぐらいの範囲が。上を見上げると傘をさしてくれている一人の男性がいた。
 「雨、降ってるよ」
 「あっ、はい」
 「大丈夫?」
 「大丈夫です」
 「じゃあこの傘で帰りな。あと…」
 頭の上にハンカチを置かれる。
 「拭かないと風引くから」
 その男性は傘とハンカチを置いて去っていく。男性の後ろ姿を涙目になりながらぼんやり見つめていた。
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