白雪姫に極甘な毒リンゴを

「六花?」


 いた! 

 ここにいた!


 小雪が教えてくれた通り、
 六花は俺たちの子供の頃の秘密基地、
 ステンドグラスの部屋で、
 壁にもたれて眠っていた。


「りっか、起きろ」


「お……おにい……ちゃん」


 目をこすりながら、ぼーっとしている六花。


 でも、俺を視界にとらえた瞬間、
 大粒の涙をボロボロこぼして、泣き始めた。


 六花のこと、抱きしめたやりたい。


 少しでもいいから、
 目の前で悲しんでいる六花を、
 楽にさせてあげたい。


 そう思ってしまう自分の心を、
 俺は必死に抑え込んだ。


 抑え込まなきゃと、
 自分に言い聞かせた。


 でも、もう無理かも……


 自分の気持ちを隠し通すの……

 
 俺、無理だ……


 いてもたってもいられなくて、
 俺は後先なんか1ミリも考えず、
 六花をきつく抱きしめた。


 六花は一瞬、戸惑いから体がびくりとしたが、
 また俺の胸に顔をうずめて泣き続けた。


 だから俺は、
 愛おしい六花の痛みを取ってあげたくて、
 優しく頭をなで続けた。


 
「ありがとう……

 もう……大丈夫だから……」


 六花がするりと、
 俺の胸から逃げ出したけど、
 本当はもっとずっと、
 抱きしめていたかったな……


「七星と、何かあったのか?」


「え? 七星くん? 違うよ。

 ただ……え……と……
 桃ちゃんとケンカしちゃっただけだよ」


「お前、嘘つくの下手な」


「え?」


「リビングに捨ててあったカード。
 あれが原因だろ?」


 六花はウサギみたいに真っ赤な目を伏せて、
 ゆっくりと口を開いた。


「お兄ちゃんはわかっていた?
 七星くんが好きなのは、
 クルミちゃんだって」


 七星の好きな奴か……

 それは間違いなく、お前だろうな。


 俺の勘違いでなければ、
 六花が七星を好きになった小5の時には、
 すでに七星も好きだったと思う。

 お前のことを。


 でも、ごめんな六花。

 俺はさ、お前を七星に渡したくない。


「わかってたに決まってんだろ。

 昼休みん時も、
 いつもベンチに座って弁当食べてるし、
 この前だって、
 お揃いのピアスしてきたじゃん」


「……そう……だよね……」


「だから六花に言ってんじゃん。
 お前はブスなんだからさ、男に関わんなって。
 傷つくの、六花だからな」


 本当はそんな言葉、六花に浴びせたくない。

 『ブス』とか『バカ』とか。

 
 六花に言いながら、
 ブーメランみたいに俺の心にも返ってくる。

 六花の心を傷つけた、鋭い刃が。


「なんで私だけ……
 こんなブサイクに
 生まれてきちゃったんだろうね……

 お母さんみたいに美人だったら……
 こんなに傷つかずに、すんだのかな……」


 この場で、言ってやりたい!


 六花はすっげーかわいいって!


 可愛すぎて、誰にも渡したくないって!


 でも俺は、これからもずっと、
 六花の兄として生きていかなきゃいけない。


 だから、六花の前では、
 一生悪魔のお面をかぶって、
 六花が傷つく言葉を
 言い続けなければいけない。

 
「は?
 六花が母さんみたいに綺麗になることは、
 一生ないだろうな」


「そんなこと、わかっているよ。 

 お兄ちゃんももしかして、
 学校で辛かったりする?」


「は?」


「お兄ちゃんさ、
 学校で私に近寄らないで欲しいんでしょ。

 それって、みんなにバカにされたりするから?
 レッド王子の妹が、ブサイクって」


 なんで、そんな風に考えんだよ!


 ただ、お前に近寄られると困るんだよ!


 学校でお前と話したら、
 自分の理性を保っていられなくなるかも
 しれないから。


 悪魔になりきるために、
 また自分に気持ちに嘘をつく。

 そして六花を、傷つける。


「だな。
 だから、学校で俺に話しかけるなよ」


「わかっているよ。
 でもお兄ちゃん……1つだけいい?」


 うるうるした瞳が、俺の瞳をとらえた。


 まっすぐなその瞳に吸い込まれ、
 視線を外すことができない。


「私のこと、嫌いでもいいから……
 この家から……追い出さないで……」


 は? 

 なんだよ! それ!


 追い出すとか、ありえないから。


 ここは、六花の家だし。


「お金がたまったら……
 自分から出てくから……

 もう少しだけ我慢して……私がいる生活……」


 言っている意味が分かんなくて、
 固まってしまった。


 出ていく?

 この家から?


 六花……
 そんなこと考えていたのか……


 もしかして……俺が……
 六花をそこまで追い詰めていた?


 この家を出て行かなきゃって……
 俺が思わせていた?


 やばい!
 この誤解だけは解かないと!!


 俺は、六花に出てってほしいなんて、
 思ったことは一度もない。


 ずっとずっと一緒にいて欲しい。



 そんな俺の思いは届かぬまま。


「おにいちゃんに話したら、
 なんかスッキリしちゃった。

 夕飯は野菜炒めでいい?
 七星くんのこと忘れるために、
 野菜を思いっきり
 切り刻んでやるんだから」


 六花は俺に笑顔を向けると、
 俺たちの秘密基地から出て行ってしまった。


 結局俺は、
 誤解を解くことはできなかった。

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