初めての to be continued…
6. 5年前 10月
ゼミ室のドアが開いた。
俺は、さっき出て行った教授が戻ってきたんだと思って、本棚の前で振り向いた。

彼女だった。

夢かと思った。
びっくりし過ぎて、持っていた本を落としたが、動けなかった。

彼女は、本を4冊抱えていた。
「あれ?平田先生いない」
そのまま入ってきて、本を先生の机の上に置く。
「ゼミの方ですか?1年生?2年生かな」
彼女は、俺の落とした本を拾って、はい、と俺に差し出す。
「あ、あ、い、1年です」
緊張している俺を見て、彼女は微笑んだ。

ああ、これだ。
この笑顔に会いたくて、俺はここにいるんだ。

彼女は俺のことは覚えていないらしい。
ちょっとショックではあるけど、大丈夫。それは想定内だった。

「平田先生に頼まれて資料本を持ってきたんだけど、先生は?」
「あ、あの、さっき、岡部先生に、コピー機の調子が悪いから見てくれって言われて、一緒に隣に」
岡部ゼミは隣の部屋だ。
彼女は「そっか」と呟いて、腕時計を見た。
「じゃあ、隣に顔出して帰ります」
置いてあったらしい鞄を持って、彼女はドアに向かった。
「あ、あのっ!」
あの時と同じだ。用もないのに呼び止めてしまった。
「……?」
彼女は振り向いて、俺が何かを言うのを待つ。
「あの……」
どうしよう。何か言わなければ。
焦っていると、ドアが開いた。
「お、坂下」
嶋田先輩だった。
「裏紙持ってきてって平田先生に言われたんだけど、どこ?」
「わかんないのに取りに来たの?」
「雄大がいるから聞けって先生に言われたんだよ」
「ゆうだい?」
「こいつ」
嶋田先輩が俺を指差す。

彼女が俺を見る。
心臓が止まりそうになったけど、なんとか声をしぼりだした。

「い、1年の、小川雄大です……」
「3年の坂下芳子です」
知ってます、とは言えなかったけど。

「嶋田、知り合い?」
「サークル同じ」

そうです。あなたとのつながりは、嶋田先輩しかなかったので、サークルに入りました。
おかげで、あなたと同じ平田ゼミに入ることができました。

「そうなんだ。あ、裏紙ここ。何枚?」
「テストプリント用だから5枚くらい」
「はい、どうぞ」
「サンキュー。そういえば、お前教育実習じゃなかったの?」
「先週終わったの。3週間も長かったわ〜」
「ああ、それで雄大のこと知らないのか。こいつ、後期入ってゼミ所属になってからほぼ毎日ここ来てるから、もう知らない人いないぞ」
「えっ、そうなの?」
「あっ、いえ、本を借りに……」

嘘です。あなたに会えないかと思って来てました。

「真面目なんだね。嶋田も少し見習いなよ」
「うるさい、俺だって真面目にやってるわ」
「えー、相変わらず提出物出てないって岡部先生言ってたよ」
「あっ、あーこれ持ってかないと」
「ほら、都合が悪いとすぐ逃げようとする」
「いいんだよ。じゃあな雄大」
「待って、私も行くから」
彼女はドア口で振り向いた。

「じゃあ、えーと、雄大くん。またね」
そして、あの笑顔。

パタン、とドアが閉まる。

『雄大くん。またね』

彼女の声が頭の中を駆け巡る。

会えた。やっと会えた。

叫び出したいのをこらえて、寝ているであろう友人に電話をかける。
「もしもし、圭介?寝てた?いや、寝てる場合じゃないんだよ。今ゼミ室にいるんだけど、来たんだ、あの人が。話せたんだよ!やっと会えたの!しかも名前まで呼んでもらっちゃって、俺もうダメ、嬉しすぎて眠れない」

まだ昼前だよ、という圭介の突っ込みは無視して、この後延々と今起こったことをしっかりと細部まで話し続けた。

 圭介のお姉さんである八重子さんが、彼女の親友である、ということがわかったのは、この直後のこと。
 おもしろがっている八重子さんに、俺はしっかりと彼女の情報を教えてもらったのだった。


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