イルカ、恋うた
俺は、この穏やかな水色とイルカの姿、その中での彼女の笑顔に、事件も桜井検事のことも、全て忘れてしまいたいと思った。


いや、本当に忘れてしまったのかもしれない。


気が付いたら、先ほどのお土産屋の小袋を取り出してた。


一瞬、ハッとしたが、結局中身を手に取った。


そして――


ずっと、水槽に向いている女性の背後に立ち、首に鎖をかけた。


ちゃら、と鎖が鳴り、鎖骨の間でイルカが揺れた。


「へ?」


美月は、そのイルカを凝視してる。


「ほら、着いた」


と、俺が離れると、彼女は指でイルカを撫でる。


「ありがとう、竜介。大事にする」


お礼の言葉を聞くと、少し距離を置いた。


そして、背を向けた。

そうしたのは、迷いと緊張があったから。


これから、いう言葉に―…


「り、竜介?」


美月の困惑したような声がする。


「……それ、歌の代わり。俺、音痴だから」


照れ隠しのつもりで、頭の後ろで手を組んだ。


「……どういう意味?」


やべ、マジで顔見られないし、答えられない。


考えてくれよ、と思った。

「ねぇ、どういう意味?ねぇ、竜介」



< 107 / 224 >

この作品をシェア

pagetop