イルカ、恋うた

二つの別れ

「もう探したぞ。頼むから今日は困らせないでくれ」


父親の険しい顔を前に、彼女はうつむいた。


思わず、俺は反論していた。

「二人きりにさせたい、って思ったんです。悪気どこらか、彼女は真面目に…」


思ったより、声に張りがなかった。


自分の父より、遥かに体格の良い男性を前に、怖くなってしまったのだ。


「君は?」と、訊いてきたがすぐに反応できず、美月が代わりに答えた。


「ここで知り合ったの。竜介君っていうのよ。じゃあ、行くね」


美月は、片手は父親と繋ぎ、余った方で手を振った。


「あ、待って。そうだわ、この絵…」


彼女は唐突に、ハサミを取り出した。


せっかく、向かい合うように描いてあったイルカの間を、迷わず切りはじめた。


背景の水色がぱっくり割れた。


俺の口も、驚いて割れた。

唖然と口を開いたままの俺に、美月は片方を差し出す。


「はい、こっちを持っていて」


てっきり、自分の描いた手を戻されるかと思った。


渡された、リボンのイルカを見据えた。


「いい?ちゃんと、保管するのよ。私も、ネクタイ君を大事にするわ」


「それはいいけど…。で、どうするの?」
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