雨の日はそばにいて抱きしめて


「またな」


そう言って軽く手をあげた悟に
礼を言うとトランクを引き摺って
懐かしい家のチャイムを鳴らした


「帰ったか」


「ただいま」


「疲れたじゃろ」


「あぁ」


爺さんに誘導されるように
普段は使われていない座敷に入ると


急に息が苦しくなった


「去年じゃった」


「そっか」


「倒れた時にはもう
手の施しようがなかった」


「そっか」


婆さんの仏壇に
お袋の若い頃の小さな写真があった


・・・どんだけ写真撮ってねぇんだ


苦しい胸を誤魔化しながら
それの前に座ると
そっと手を合わせた


背を向けたのは俺の方か?
何も告げずに家を出た俺を恨んでるか?
なぁ、お袋・・・
幸せだったか?


返事なんてこないのに
聞きたいことが溢れてきて
俺の呼吸を邪魔する


そんな俺の背中に


「今夜は風呂入ってゆっくり寝ろ」


爺さんの優しい声がかかった


「ん」


素っ気ない爺さんの言葉だけど
俺には充分過ぎるほど嬉しくて

俺を気にかけてくれる人がいる

ただそれだけで・・・

安心して眠れそうな気がした









風呂に入って鏡を見ると
“イエティ”と笑われた理由が納得出来た

とりあえず散髪へ行って・・・

免許の申請して・・・

俺の工房を作って・・・


恋に会いに行く前にやるべき事を
頭の中に並べてみた


簡単に許して貰えるとは思ってない
もしかしたら悟の言うように
もう結婚してるかもしない

それでも

ちゃんと恋と向き合って
俺の罪を洗いざらい話す

その事が8年前に犯した罪を
自分で認めることになるはず

目蓋の裏に浮かぶ恋は
18歳のままで

愛しい顔を思い浮かべながら
懐かしい匂いに包まれ

微睡む意識を手放した




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