さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
「そんなことよりも……」
わたしの背中をさする手が止まり、代わりにきゅっ、と抱きしめられる。
「今のおれには、おまえがシングルマザーになっておれの子どもを育てる、って言われたことの方がよっぽど堪えるんだ」
——へっ……?
わたしは、涙と洟水でぐちゃぐちゃの顔を上げた。
いくらウォータープルーフのマスカラでも、今のわたしは世にもおぞましい顔になっているに違いない。
「おかげで……なんでこんなに早く彩乃さまを吹っ切れたのかも判ったけどな」
そういえば……茂樹が「失恋」してこの店で酔い潰れていたのは数週間前のことだ。
「おまえに『シングルマザーになる』と言われたとき、突然、心臓にぎりりっ、と来た。
……おまえは、おれを心筋梗塞にしてショック死させる気か?」
別にシングルマザーの家庭が「良くない」というわけではない。
そして、必ずしも不幸になるわけでもなければ、ましてやかわいそうなわけでもない。
むしろ、茂樹にとってはそれこそ「ごく普通の家庭」である。
——わたしだって、おとうさんが再婚するまでは……
シングルファーザーの家庭だったけれども、それがわたしにとっての「普通」だった。
(だけど、親切心からであろうが「おうちにお母さんがいないと細々としたことで何かと困るでしょう?」と憐れまれたことはある)
ただ、女手一つで経済的に苦労して子どもを育てた母親を見て育ってきた茂樹にとっては、苦労をさせる側の「父親」に自分自身がなるなんて到底考えられないし、また耐えられないことだったのだ。
わたしはそんな彼の心の中にある「地雷」へ向けて、真っ直ぐにバンジージャンプしてしまっていた。
「……とにかく、おまえをシングルマザーにはさせないからな。
もし子どもができても、先走って勝手なことはするなよ? それから——」