さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
「母さん!」
誠彦さんが声を荒げた。
「あら、誠彦。あなた光彩さんと結婚するつもりなんでしょう?
だったら……最初が肝心なのよ」
彼の母親は動じることなく、むしろ教え諭すように息子に告げる。
「弁護士の仕事は激務で過酷よ。
それに、お父さんには法律事務所の経営の方のお仕事もあるわ。
だからわたしは、お父さんが身体を壊さずお仕事に専念できるよう、家事や親戚・ご近所のお付き合いはもちろん、息子二人の子育てもたった一人でやってきたの。
とても、自分自身が仕事を抱えてできるものではなかったわ。
弁護士にはね、そういう『家の中のこと』を代わりに引き受けて支えてくれる人が必要なのよ」
「……それを言われると、私はなにも言えなくなるなぁ。
面倒なことは全部きみに押しつけて、ただひたすら仕事しかしてこなかったからね」
誠彦さんのお父様が苦笑しながら、透明な耐熱カップに注がれた花茶のカップを持ち上げる。
「ねぇ、光彩さんはいつお仕事に区切りを付けられるのかしら?」
「母さん、その話はまだ……」
すかさず、誠彦さんが母親を制する。
「あらだって、失礼だけど光彩さんはもう二〇代を過ぎてるのでしょう?
赤ちゃんを産むには早ければ早い方がいいわ」