さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
「……えっ……?」
私がきっぱりと告げた言葉に、誠彦さんのお母様が虚を衝かれた顔になった。
推察するに——
F女学院出身の「お嬢さま」が、たぶん就職経験もほとんどなくお見合いかなんかを経て「弁護士の妻」になったのであろう。
そんな彼女に、今までだれも正面切って「意見」を述べることなど、ほとんどなかったのではないか。
そして、一見おっとりとして見えるけれども、どうもマウンティングを取りに行くタイプらしい。
その場では、自分が「一番」でないと気が済まないようだ。
「わたしは、一生続けるつもりで弁護士という職業を選びました。
そのためには、相当努力もしましたし、それは今も日々続いています。
そして、わたし自身の幸せは、その弁護士の仕事の上に成り立っています。
わたしの人生からは切り離すことはできません」
「人」というのは、自分が歩んできた道が「最適解」だと思いたいものだ。
弁護士と結婚して、二人の息子のどちらも弁護士にしたことが、彼女にとっての「最適解」なのだろう。
事実、周囲の人たちは彼女のことを「成功者」だと崇め奉ってきたに違いない。
だけど——
確かに彼女は弁護士一家を支えた良妻であり賢母であるかもしれないが、世間が崇め奉る「本当の」対象は、あくまでも「弁護士である彼の夫と息子たち」であって、彼女自身ではない。
彼女のようなマウンティング思考の人にとって、それは「満たされない思い」となって強烈なコンプレックスとなり得るのは想像に難くない。
特に、長男が妻を迎える前までは家族の中で彼女だけが「弁護士でなかった」のだ。