三月のバスで待ってる
5.『お似合いの二人』

9月はあっという間に過ぎて、10月になった。

美術の時間は、下書きをした絵の色塗りをする。

現像した写真を横に置き、下書きを終えた絵に色をつけていく。絵具を塗りながら、時々ふっとバス停で下書きをしていた時のことが頭をよぎる。

『すごい。深月ちゃん、絵が上手なんだね。白黒でもこの場所の空気が伝わってくるもんな』

想太がしきりに感心するように言っていた。

なんの取り柄もないと思っていた自分にも、得意なことがあったんだ。いつもならお世辞と受け取ってしまうだろうけれど、その言葉は素直に嬉しかった。

悩んだけれど、運転席に座る想太の横顔も描くことにした。彼がいないと、その場所はなんだか寂しそうに見えたから。

あともう少し。芸術祭が終わって絵が返ってきたら、一番に見てもらおう。その思いで、私は丁寧に、見慣れた景色に色をつけていった。

「やっぱ上手いな、櫻井さん」

ふと声がして顔をあげると、隣の席の悠人がしげしげと絵を見ていた。

「あ、ありがとう……」

それだけ答えて、サッと視線を机に戻した。避ける必要もないのに、杏奈の目が気になって、ついそんな不自然な態度をとってしまう。

悠人がじっと見ているのがわかるけれど、絵に集中して気づかないふりをした。

あれから1ヶ月、杏奈とは一度も話していない。

こちらを窺うような視線を感じつつ、私はひたすら避け続けた。前みたいに杏奈が悠人に話しかけてくることもなくなり、気まずい空気ができていた。

『気を遣われながら一緒にいてもお互い疲れるだけだし、迷惑なだけだから』

心にもない言葉で、やっとできた友達を自分から突き放してしまった。

後悔していないといえば嘘になる。あんなことがなければ、何も知らないままならよかったのに。でも、それはもう無理だった。

新しい学校が始まって不安でいっぱいだった時、声をかけてくれて嬉しかった。友達になろうと言ってくれて、たくさん話をして、正直に自分の気持ちを言える彼女が、羨ましくて、まぶしかった。私にはもったいないくらい、彼女は最高の友達になってくれた。

ーーでも、それは、私の勘違いだった。

杏奈は最初から私のことを、私が隠したかったことを、最初から知っていた。声をかけてくれたのは、先生に仲良くしてくれと頼まれたから。頼まれたから、断れなかったから、一緒にいてくれただけにすぎなかった。

そうだ。私は、嫌というほど知っていたじゃないか。
友達なんて言葉、なんの意味もない。
なにか大事な意味があるように思えるけれど、些細なことで呆気なく壊れてしまうひどく脆い関係なのだと。

これでいいんだ、と思う。私といることで関係ない彼女まで悪く言われるくらいなら、1人になることくらいなんでもなかった。

ただ元に戻るだけ。この1ヶ月間のほうが、幻だったんだ。

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