三月のバスで待ってる

家に帰ると、珍しくお母さんが顔を出さなかった。

さらに珍しいことに、お父さんの靴がある。いつも10時くらいに帰ってくるのに、こんなに早く帰ってくるなんて。


普段滅多に家にいないお父さんが家にいると、なぜか妙に緊張してしまう。

といってもご飯を食べる時以外はほとんど自分の部屋にこもっているから、話すことなんて何もないのだけれど。

その時、リビングから、お母さんのヒステリックな声が聞こえてきた。

嫌な予感がした。私は玄関にピンで留められたように動けなくなり、鞄を持ったままたちすくんだ。

「なによその言い方!私が悪いっていうの!?」

「そんなこと言ってないだろう!なんで君はそういう考え方しかできないんだ!」

「だってそうするしかなかったでしょう!私は深月のことを考えて……っ」

「君はいつもそればっかりだ。少しは周りのことにも目を向けてみたらどうなんだ」

ーーやっぱり。

お父さんがたまに早く帰ってくると、いつもそう。
ケンカするくらいなら一緒にいなければいいのに。

ーー聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない……!


すぐにでも部屋に行きたいのに、足が前に進んでくれない。

呆然と立ち尽くしていた時。

「お姉ちゃんのせいだよ」

後ろから鋭い声がして、肩を震わせた。

いつの間にか帰ってきていた深香が、私を睨んで言う。

「うちがこんな風になったの、全部お姉ちゃんのせいだから」

深香の顔にははっきりと憎しみが浮かんでいた。私はいたたまれなくなって下を向いてつぶやいた。

「……わかってるよ」

そんなの、嫌になるくらいわかってる。

でも、面と向かってそう言われたのは初めてだった。突きつけられた言葉は、想像以上に痛かった。

わかってる。全部、私のせいだって。

私はこの家にいないほうがいいんだって。

「言われなくても、わかってるよ……!」

もう無理だ。ここにはいられない。

私は背を向けて家を飛び出した。



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