三月のバスで待ってる

席を立って、トイレに向かった。数人の女子が髪を直していて、鏡越しにチラチラと私を見てくる。私はうつむいて彼女たちの後ろを通り過ぎ、トイレのドアをしめた。

途端、ひそひそ声が聞こえてきて、私は立ったまま動けなくなった。信じられない会話が聞こえてきたからだ。

「最近、櫻井さん、あの子と一緒にいないよね」
「あー、川口さん?どうせ先生に頼まれたから一緒にいただけでしょ。最初だけだって」
「点数稼ぎわかりやすすぎー」

聞いているうちに、だんだん、わけのわからない怒りが込み上げてきた。

ーーなんなの。私がいったい、何をしたっていうの。
関係ない杏奈まで、なんでそんなこと言われなきゃいけないの。


私の噂が広まるのは仕方ないと思っていた。友達なんて最初から諦めていた。

だけど、杏奈は違った。

噂を知っていても、声をかけてくれた。友達になろうと言ってくれた。

嬉しかった。

たとえ先生に頼まれてだとしても、それでも、彼女といた1ヶ月間は、すごく楽しかった。

それなのに自分の気持ちから目を逸らして、他人の目ばかり気にしていた。そんなの、本当はどうだってよかった。

結局、私たちが一緒にいてもいなくても、この人たちは何か理由を見つけて、悪口を言うんだ。ただ言いたいだけなんだ。

我慢できなかった。

私だけじゃなく、ほかの誰かまで悪く言われることが許せなかった。

「点数稼ぎの何が悪いの?」

私はドアを開けて言った。

くすくす笑っていた彼女たちは、まさか私が出てくるとは思わなかったのだろう、唖然としている。それを見た瞬間、ふつりと緊張の糸が切れた。

「何驚いてるの?わざわざ聞こえるように言ってたんでしょ?」

もうどうだってよかった。

最初から印象が悪いのだから、これ以上悪くなりようがない。それならもう、怖いものなんてない。

私はすうっと息を吸って、

「あんたたち、杏奈がかわいくていい子で頭よくてスポーツもできて先生に頼りにされてるからって、僻んでるんでしょ。本当は羨ましいんでしょ。こんなところで悪口言ってたって、あんたたちなんか、杏奈に一歩も近づけないから。鏡見て見てみなよ。悪口言ってる時の顔、すっごいブサイクだから」

私は息継ぎもしないで一気に言いたいことだけ言って、ポカンとする彼女たちをおいてさっさとトイレを後にした。

自分の口からこんな言葉が飛び出すとは思わなかった。

でも、昔の私は、もっとはっきり言いたいことを言っていたはずだった。

いまだって、怖がらずに言えばいい。
いまなら、正直に言える気がした。




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