三月のバスで待ってる
家に帰ると、お母さんが玄関まで出てきて「おかえり」と言う。
「ただいま」
私はそれだけ言って、お母さんの横を通り過ぎた。
「今日は何もなかった?」
「うん」
そう、とホッとした様子のお母さんに、私はそっと苦笑をこぼす。
「今日はどうだった?」と訊かれたら今日あったことを言いやすいけれど、「何もなかった?」と面と向かって言われると、つい話しかけた口を閉ざしてしまう。
2年前のあの日以来、お母さんはいつもそうだ。私のことを心配しているようで、本当に心配なのは、自分なのだ。
もしまたあんなことが起こったらと、いつも怯えている。
ーーもう大丈夫だよ。いまの学校はいいところだし、友達もできたんだよ。
想太には素直に話せたのに、どうしてお母さんには言えないんだろう。少しでも安心させてあげたい、そう思うのに。
『いまは難しくても、いつかきっと、向かい合える日がくると思う』
そんな日がくるのだろうか。
いつか家族が昔みたいに笑いあえる日がくるのだろうか。
そんな日は、夢のように遠くに思えた。