初恋エモ


「美透、この人、誰よ……?」


急に知らない男子が登場し、母は驚いた顔で固まっている。

クノさんはベースを私に返し、母に頭を下げた。


「夜分遅くにすみません。美透さんとバンドやってる久野映希と言います」


私と一緒にバンドをやっている存在。しかも男子。

きっと母はクノさんに文句を言うに違いない。


そう身構えたけれど。


「久野? え……もしかして……」


とつぶやき、母は考え込んだ顔になる。


「失礼ですけど、あなた、ご家族は?」

「祖父は医療法人社団の理事長をしています」


母からの問いに、クノさんは静かにそう答えた。


そういえば、クノさんは医者や官僚のエリート家系だって言っていた。

さっきなぜかクノさんに母の勤務先を聞かれた。


その二つの点が線になる。


母の勤務先は大手医療グループのいち施設。

そのグループのトップが、クノさんのおじいさんってこと……?


急に母の機嫌はみるみる良くなり、あら……そうなのね、とよそ行きの声になる。


母が落ち着いたことを悟ったクノさんは、すかさず話を始めた。


私をバンドに誘ったのは自分であること。

順調にバンドのCDやチケットが売れ、ベースはそのお金で購入したこと。

今大きなコンテストの最終選考に残っており、入賞したら全国に名前が売れ、更なる収益になる見込みがあること。


事実と違う点はあったものの、何かを言おうとする度にクノさんは片手で私を制したため、黙るしかなかった。


「そのコンテストって、いつ結果が分かるの?」

「審査はあと二週間後、発表は一ケ月後です」

「そう……」


母は考え込んだ後、

「とりあえず、コンテストが終わるまでは続けなさい」と口にした。


じゃあコンテストが終わったら続けちゃいけないの?


そう不安になったけれど、クノさんが

「ありがとうございます!」

と深く頭を下げたため、言わないでおいた。

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