水曜日は図書室で
「からかうなよ。ほら、あんま引き留めたら悪いだろ。綾織さん、また今度な」
 快はちょっと動揺したような表情を浮かべたけれど、特に『違う』とも言わなかった。それは美久を戸惑わせるやら安心させるような言い方で。
 流石に『違う』とはっきり言われてしまっていたら落ち込んだだろうから。そういう言い方を選んだのもきっと快の優しさなのだろう。
「う、うん、またね」
 美久はどきどきする心臓を抱えつつ、A組の中へ入った。教室の中は昼休みなのでざわざわとしていて、みんな自由に過ごしている。
 ちらっと入口のほうを見ると、男子たちは部活の話に戻ったようで、なにごとかまた話していた。それを目にしただけで、正しくはその中で話す快の姿を見ただけで、美久はまだどきどきとしてしまうのだった。
 快は『また今度』とは言ったけれど、『水曜日に』とか『図書室で』とかは言わなかった。ここで言えば、またからかわれるだろう、今度は「デートか?」とかなんとか……。
 思ってしまって、かっと美久の頭の中が熱くなった。
 デート。
 確かにデート……かもしれない。放課後、図書室で待ち合わせて過ごすのだって『デート』だろう。間違っていないのだ。
「美久、良かったねぇ。かわいいだってさ!」
 留依がぽんと肩を叩いてくれた。一緒にいた子たちも「あのひと、D組の久保田くんだよね?」「仲いいの?」とか聞いてくれる。
「う、うん……良かった、……かも」
 顔はまだ赤いだろう。どきどきと速い鼓動も収まらない。
 けれど嬉しくてならない。会えたことも自分を見てくれたことも、褒めてくれたのも、それから……。
 たった数分なのに、嬉しいことがありすぎた。
 自分を変えるために踏み出してみて良かった、と思う。
 別にひとに良く思われたいからだけではない。
 自分を変えようとすることは、なにより自分自身が一番成長できることだと知ったから。
「ありがとう、留依ちゃん」
 にこっと笑って言った美久。留依はやはりそれに応えて「私のプロデュースは完璧だったでしょ」なんてまた周りを笑わせてくるのだった。


 和やかな中ではあったけれど、その教室の中で。
 静かな視線を向けているひとがいた。
 それはふわふわに髪を巻いた女子である。
「今度はコンタクトだって」
 周りにいた一人の子が、ぼそっと言った。
「あからさますぎない?」
 もう一人の子も言う。そのままあまり良い言葉ではないものが行き交って、最後に一人の子が言った。
「ほっとくの? あかり」
 それまで黙っていたあかりは、その子の言葉に息をついた。ふぅ、と気だるげなため息。
「そろそろ目に余るかもね」
 その声は冷たくて、美久やその周りの子たちを見つめる視線も同じように冷たくなっていた。
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