嘘に変えないための嘘
『絶対遅れない』
 その約束を半ば破りかけてる午後6時55分。俺は机上の書類と彼女の笑顔の間で板挟みになっていた。


 カナと付き合って四年目の記念日。最近俺の仕事が忙しくなり、最後に会った日は月めくりカレンダーを一枚遡る。
『記念日には会えそう?』
 遠慮がちな彼女に力強い約束をしたのが一週間前。
『じゃあとびきりお洒落していくね』
 必ず守ると心に誓った約束が嘘に変わるまで、あと30分。まぁるい壁掛け時計が所長の笑顔に見えてくる。
『君には期待してるよ』
 大事な日に残業を命じたにっくき所長も、もちもち頬っぺにぺこり浮かんだ笑窪故か憎みきれない。とはいえ仕事は終わらない。
 仕方ない、カナに電話しよう。再び約束を反古にする事を小声で謝りつつ携帯を取り出した時、勢いよく肩を叩かれた。
「なーに油売ってんだよ」
「タカアキ」
 小学以来の腐れ縁、良く言えば悪友のタカアキが、ニヤニヤしながら俺を見下ろしていた。
「カナちゃんとラブラブしてるはずの奴が、どうして机とラブラブしてるのかな」
「机じゃない、書類だ」
 くだらない冗談で時間を浪費してる場合じゃない。カナに連絡すべく携帯を開いた俺の手を、タカアキはパシンと叩いた。痛いだろ。
「嘘つきは泥棒の始まりだぞ、マサト」
「何がだよ」
「絶対遅れないって約束したんだろ? 早く行けよ、俺が代わってやるから」
 何故それを知っている。思わず眉が寄った俺にタカアキは舌打ちした。
「親友の彼女に横恋慕なんてクサいドラマは無ぇよ。俺の好みは妖艶な美女だ」
「そうだったな」
「昨日電車で会ってさ。彼女言ってたぞ、今度こそ嘘にならなきゃいいなって」
 マサトが悪い訳じゃないのよ、なんて出来た彼女だよなぁ。
 そう言ってタカアキは俺をどついた。
「ほら早く行け。約束が嘘に変わる前に」
 ありがたき悪友の言葉に甘え、俺は立ち上がった。
「恩に着る、タカアキ」
「愛してると言え」
 リクエストに英語で応え、俺は10秒で身支度を済ませた。残り20分、タクシーで飛ばせばぎりぎり間に合うだろう。
 約束を嘘に変えない為、友人への感謝を胸に俺は事務所を飛び出した。


「俺ってイイ男だよなぁ」
 自画自賛し、タカアキは仕事に取り掛かる。
 夕闇を背負った事務所の窓ガラスだけが、彼が一番の嘘つきだったという事に気付いていた。




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