彼女は実は男で溺愛で

 今日は金曜で1日行けば休みだ。
 1日行けばいいだけなのに、もどかしく感じた。

 彼と別れてすぐ『今日は俺のアパートに帰ってね』とメールが来た。
 それだけで、もどかしく感じていた1日を頑張れる気がした。

 仕事を済ませ、急いで帰ろうとした通路で前方から歩いてくる人物に慄いて、足を止める。

 西園龍臣。

 彼も私に気付いたようで、口の端を上げた。
 徐々に近づく距離。

 私は腹を決め背筋を伸ばし、なに食わぬ顔で彼に告げた。

「お疲れ様です」

 彼はなにも言わない。
 私の横を通り過ぎていく彼に、つい声をかける。

「悠里さんが好きだから、ですか」

 歩みを止めた彼は、振り向きはしないものの、私の言葉を聞いているようだった。

「佐竹さんも好きだから、ですよね」

 私はもちろん、村岡さんも未遂だったと聞いた。

 村岡さんから聞いた時は、逃げられてよかったと思ったけれど。
 彼がその気になれば、いくらでも襲えるはずだ。

 顔だけをこちらに向けた彼が、私を射抜くように見つめた。
 鋭い三白眼の眼差しに怯まないように、彼の目を見つめ返す。

「馬鹿らしい」

 ふいっと視線を外し、彼は歩いて行ってしまった。
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