恋とコピーと珈琲と
深夜の事務所、差し出された珈琲。
些細なきっかけで恋が始まる、なんて事はきっと無い。
「終わらねぇ」
時計を見上げて俺は舌打ちした。クレーム処理に時間を盗られ、気付けば深夜の一時半。
「マサトの奴、帰って来たらこき使ってやる」
新婚旅行中の親友に悪態をつき、俺はコピー機へと向かった。
ガキの頃からの親友。彼の妻になった想い人。二人の結婚を俺は心から祝福した。
ただ、喜びの陰で胸が軋んでいたのも事実。
マサトからカナちゃんを奪おうと思えばそう出来た。でも二人には幸せで居て欲しかった。
なのに、押し殺した感情は今だ心の奥で燻り続ける。
コワシテシマエバ、ヨカッタ?
自分に苛々してつい、壁に八つ当たりしたその時。
「荒れてるねえ」
不意に事務所のドアが開いた。
「こんな遅くまで熱心だな、タカアキ」
「チナミ先輩こそ、こんな時間に何やってるんですか」
「理由が無ければ愛社を訪ねてはいけないのかね」
普通の人は理由が無ければこんな時間に会社に来ない。
無言の反論を無視し、チナミ先輩はコピー用紙を覗きこんだ。
「資料作りか。こんな仕事まで抱え込んで、御苦労な事だな」
補足すると、チナミ先輩は俺の二つ歳上でれっきとした女性だ。容姿端麗、黙っていればモテるだろう。黙っていれば。
「失恋の痛手を忙しさで紛らわしているのか、タカ」
疲れているせいか、不意を突かれたせいか、俺は得意の嘘がつけず珍しく動揺した。無言の肯定を読み取った先輩は、胸の下で腕組みして俺を睨む。
「お前もバカだなぁ。こんな豊満な美女が隣に居ながら横恋慕とは」
平気で自分を美女とか言う所も、喋り方に次いで先輩が変わり者と言われる理由の一つだ。
「生憎、俺の好みは妖艶な美女です」
「同じ意味だろう」
「辞書引いて下さい」
溜息をつき、大量のコピー用紙を抱えて俺はデスクに戻る。今日は家に帰れるのか。
チナミ先輩はふらりと給湯室に入って行った。程なくして、珈琲の香りが事務所に漂う。
「五分休憩しろ」
先輩はカップの一つを俺に差し出した。変わってはいるが、優しい人だ。
「そういえば先輩はこんな時間に何しに来たんですか」
「タカが泣いてるなら豊満な胸を貸してやろうと思ってな」
「逆セクハラですか」
苦笑する俺から目を逸らし、先輩は窓の外を見つめてポツリと呟いた。
「……ただ、タカに珈琲を淹れてやりたかっただけだ」
深夜の事務所、差し出された珈琲。
些細なきっかけで恋が始まる、なんて事は多分無い。
了
些細なきっかけで恋が始まる、なんて事はきっと無い。
「終わらねぇ」
時計を見上げて俺は舌打ちした。クレーム処理に時間を盗られ、気付けば深夜の一時半。
「マサトの奴、帰って来たらこき使ってやる」
新婚旅行中の親友に悪態をつき、俺はコピー機へと向かった。
ガキの頃からの親友。彼の妻になった想い人。二人の結婚を俺は心から祝福した。
ただ、喜びの陰で胸が軋んでいたのも事実。
マサトからカナちゃんを奪おうと思えばそう出来た。でも二人には幸せで居て欲しかった。
なのに、押し殺した感情は今だ心の奥で燻り続ける。
コワシテシマエバ、ヨカッタ?
自分に苛々してつい、壁に八つ当たりしたその時。
「荒れてるねえ」
不意に事務所のドアが開いた。
「こんな遅くまで熱心だな、タカアキ」
「チナミ先輩こそ、こんな時間に何やってるんですか」
「理由が無ければ愛社を訪ねてはいけないのかね」
普通の人は理由が無ければこんな時間に会社に来ない。
無言の反論を無視し、チナミ先輩はコピー用紙を覗きこんだ。
「資料作りか。こんな仕事まで抱え込んで、御苦労な事だな」
補足すると、チナミ先輩は俺の二つ歳上でれっきとした女性だ。容姿端麗、黙っていればモテるだろう。黙っていれば。
「失恋の痛手を忙しさで紛らわしているのか、タカ」
疲れているせいか、不意を突かれたせいか、俺は得意の嘘がつけず珍しく動揺した。無言の肯定を読み取った先輩は、胸の下で腕組みして俺を睨む。
「お前もバカだなぁ。こんな豊満な美女が隣に居ながら横恋慕とは」
平気で自分を美女とか言う所も、喋り方に次いで先輩が変わり者と言われる理由の一つだ。
「生憎、俺の好みは妖艶な美女です」
「同じ意味だろう」
「辞書引いて下さい」
溜息をつき、大量のコピー用紙を抱えて俺はデスクに戻る。今日は家に帰れるのか。
チナミ先輩はふらりと給湯室に入って行った。程なくして、珈琲の香りが事務所に漂う。
「五分休憩しろ」
先輩はカップの一つを俺に差し出した。変わってはいるが、優しい人だ。
「そういえば先輩はこんな時間に何しに来たんですか」
「タカが泣いてるなら豊満な胸を貸してやろうと思ってな」
「逆セクハラですか」
苦笑する俺から目を逸らし、先輩は窓の外を見つめてポツリと呟いた。
「……ただ、タカに珈琲を淹れてやりたかっただけだ」
深夜の事務所、差し出された珈琲。
些細なきっかけで恋が始まる、なんて事は多分無い。
了


