四年目の誓いのキス
 約束を忘れている事に気づいたのは、出張先のビジネスホテルで、しかも深夜の二時だった。


『この日は必ず帰って来てね』
 ひと月前、彼女はカレンダーに印を付けてそう言った。
 結婚して四年目の記念日。分かった、と俺は軽く返事をした。土曜は元々休みだから、仕事を入れなければいい。
『貴方の大好きなケーキ焼くね』
 ああ、と再び軽い返事をし……そして忘れた。
 俺は頭を抱えた。道理で土曜から出張で月曜まで帰らないと伝えた時がっかりしていた訳だ。
 翌朝、俺は『記念日忘れてごめん』とメールを送った。返ってきたのは『夜に電話します』という短い一文だった。

「悪かった。この通り」
 電話の向こうの彼女に姿が見えないにも関わらず、俺はベッドの上に正座し、深々と頭を下げた。
『……マサト、浮気してる?』
「違う! 断じて違う!」
 確かに疑われても仕方ない失態だ。俺が彼女の立場でも同じ事を疑っただろう。
「浮気なんかしてない。信じてくれ」
『……マサト』
 俺の嘆願には答えず、彼女は尋ねた。
『私の事愛してる?』
 直球で来た。
「あ、あ、愛してる」
 言い慣れない台詞でどもってしまった。
『……もし』
 彼女の声が涙声になった。
『本当に私の事愛してるなら』
「カナ、」
『ドアを開けて』
「え?」
 一瞬の思考停止後、俺は携帯をベッドに放り出して扉へ走っていた。
 開けたドアの前で、ケーキの箱を抱えた彼女が泣いていた。

 明るい満月が窓からフレームアウトしていく。ベッドの上に向き合って座り、昨日食べる筈だったケーキを味わった。
「不安だったの」
 ぽつりと、カナが口を開く。
「最近話し掛けても上の空な事多かったから……マサト優しいし、もてそうだし」
 小さく鼻を啜り、彼女は頭を下げた。
「ごめんね。疑ったりして」
 謝るのは俺の方だ。結婚して四年、カナが居る事が当たり前になり、彼女の不安にも気付かず、愛も感謝もきちんと伝えていなかった。
 食べ終えたケーキの箱を脇にやり、彼女の手をそっと握る。
「愛してる、カナ」
 再び震え出した肩を引き寄せ、優しく抱き締めた。
「カナだけを愛してる。……誓うよ」

 そばにいる大切な人。
 当たり前の事にこそ感謝しよう。失ってから後悔はしたくない。
 ただ、
「また忘れてたら、一人で我慢しないで教えてな」
 人は忘れやすい生き物だから。
 時々思い出そう。あの日の誓いを。初めの頃の想いを。
 四年目の誓いのキスは、大好きな甘いケーキの味がした。




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