【BL】近くて遠い、遠くて近い。






「…そろそろ、帰るわ」




飲み終えたマグカップをシンクに置いて、
自分の鞄を手に取るナオくん。




「えっ…もう?」


「…まぁ、お互い早う休まんとな」


「そ…そっか、うちに来るの、
最初で最後なってもうたな…」




思わず
困らせてしまうようなことを
盛大に口走ってしまった。

言ったあとでの後悔に頭が痛む。




「…ごめん、変なこと言って」


「ヒイロ、」


「…ん?」




ナオくんの顔を見上げた途端、
また視界が真っ暗になった。

ナオくんの温かい胸元から
ふんわりと香水の良い香りが
鼻を刺激する。

未だドキドキしすぎて慣れないものの、
もう一度触れてもらえたことが
嬉しくて仕方なかったオレは

今度こそ、自分もナオくんの背中に


腕を回した。





「………ヒイロ、俺」


「…うん?」





それまであまり気にならなかった
ナオくんの鼓動が
痛いくらいに早く動いているのを

同じ胸で感じていた。




「絶対、また来るから」


「うん……」


「せやから、」




ナオくんの熱い手が、
オレの頭に触れたと同時に

ナオくんの湿った唇が、
音を立てずに

オレの頬へそっと触れた。




「浮気、せんでな」




耳を疑って、
ナオくんの顔を見て問おうと
離れようとするも、

ナオくんは腕の力を緩めてくれなかった。




「ど、どういうこと、ねっ…ナオくん」


「うるさい」


「今ほっぺたにチューした…? ねぇ、」


「…した」


「離してや、お願いっ」


「離さへん」


「お、オレ、ナオくんのこと
好きでおってもええのん…?」





ナオくんが無理をしていないか、
ふと不安になった。

普通の恋愛じゃないから。

相手は同性の男。
しかも親友。

そんなオレを恋愛対象として
本気で見てくれるのか、

親友から恋人に変わってしまっても
本当にいいのか。

ナオくんはオレを抱きしめて
離さず顔を逸らしたまま

素っ気無いように答えた。





「当たり前やろ、
…俺も好きやってんから」





オレの首元に火照った顔を埋めて
くぐもった低い声でぼそっと呟く。

それがなんだかくすぐったくて、
一旦、思考が固まり

言葉の意味を理解するのに
しばらくかかった。





「ナオくんも…ゲイ?」


「…あほ」


「え…でも、」


「男はお前だけや」





涙が出るほど嬉しい言葉が
次々に返って来る。

これまでの3年間、

ナオくんと親友になれただけで、
それだけで幸せやった。


それが、卒業直前に
こんな風になれるなんて、

予想もしていなかった。


同性が好きなのは
おかしいと思っていたから。

気持ち悪いと、
嫌われると思っていたから。




「オレ…オレだって、
ナオくんだけや…浮気なんてせえへん…っ」




思い溢れて剥き出しになった感情を
ナオくんはその胸で受け止めてくれた。




「つらかった…っ、だって
男が好きとか絶対キモいって思われるしっ…」


「…………ヒイロ、」


「でも、どうしても、
ナオくんが好きで…、大好き…で、」




胸の中、必死にしがみついて
感情に振り回されないように踏ん張る。

ナオくんはそんなオレの背中や頭を
大きな手で優しく撫でてくれた。




「俺も…、同じやで」


「え、?」


「男を好きになったんは…初めてやから」


「そ、そっか…」




高校生活3年間、二人は

幸せで楽しく、そして

つらくも切ない日々を送ってきた。




「ヒイロは、元々男が好きなん?」


「…ううん、ナオくんが…はじめて」


「………そっか」




3年経ってようやく、

二人の心の距離が

大きく縮まった瞬間。




「…ヒイロ」


「ん…?」




二人は、やっと

幸せの欠片を

掴むことができた。




「好きやで」


「……オレも好き」




二人はしばらく、

互いの鼓動と体温を感じようと


抱き合ったまま離れなかった。





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