私のlast songは(仮)
              song1
              ~発覚~
 暖かな日差しが降り注ぐ、9月のある午後。今は確か世界史の授業中で、先生が何か言ってるけど、頭に何も入ってこなくて。わたしはそのまま、眠気に逆らうのをあきらめて目を閉じた。
「・・・れん。歌華(かれん)!」
「・・・へ?」
腕をバシバシたたかれて、顔を上げると、
「歌華、もう2時だよ?」
「あっ!」
斜め前の碧羽(みう)に言われて完全に目が覚めた。
「あっ、じゃないでしょ。何寝てんの」
「愛桜(あずさ)ひどい・・・」
「まあまあ、寝てても歌華は頭いいからいいじゃん。」
碧羽がそう言ってくれるから、心の中で感謝しながら荷物をまとめていると、愛桜がため息をついた。
「私、授業中これだけ寝てるのになんで歌華が学年4位なのかわかんないんだけど」
「またその話?」
わたしまでため息でちゃうじゃん。
「愛桜、簡単だよ。歌華はこうして油断させといて、部活の後家でめっちゃ勉強してるからね?私がかまってほしいときもなかなか相手してくれないんだもん」
「あー、だからいつもLINEの返信遅いのか」
納得がいったというようにうなずく愛桜。そりゃ、来年は受験生だからね。
「わたしの成績の話なんてどうでもいいでしょ。それよりわたしは、これだけ授業中に喋ってるのに、注意する気配すらない先生のほうが謎」
よくこの状態でビスマルクとか熱弁してられるよね。
 おしゃべりしている時間はないので、荷物を持ってなるべく音をたてないように立ち上がったんだけど、先生が気付いてくれた。わたしたちのおしゃべりには一切反応しなかったのに。もしかしたら見て見ぬふりをしてくれてただけかもしれないけど。
「ああ、木原(きはら)は早退するんだったな。じゃあ早く行きなさい」
「は~い!ありがとうございます、失礼します!」
そう言って教室を出ようとすると、クラスの女の子たちが
「えっ、歌華帰るの?」
「なんかよくわかんないけど気をつけて!」
「バイバイ!明日ね!」
と、手を振ってくれた。
 駐車場に着くと車の中でお父さんがイライラしながら待っていた。お母さんは今、仕事でパリに行っていて、迎えに来れないから今日はお父さんが有給使って来てくれたのだ。
「遅い!2時半の予約なんだからぎりぎりじゃんか!」
「ごめんってば~!寝ちゃったんだもん」
あと愛桜がうるさかったから。そう言い訳しながら車に乗り込むと、あからさまにため息をつかれた。そしてすぐに、車は走り出す。
 わたしたちが今、どこへ向かっているのかというと。
 大きな市立総合病院の耳鼻咽喉科。
「二時半に予約していた木原歌華です」
すぐに大きな部屋に通されたわたしたち。中にはすでに白衣姿のお医者さんがいて、
「ああ、お待ちしておりました。これから歌華ちゃんを担当することになる、松平(まつだいら)です。とりあえず、中へどうぞ」
「え?これからって・・・?」
担当医がつくほど、重大な病気なの?
 一か月前、喉にずっと違和感を感じていたわたしは、かかりつけのお医者さんの診察をうけた。すると大きな病院をすすめられて、先週検査を受け、今日はその結果を聞く日なんだけど。せいぜい、しばらく歌うな、とかその程度の話でしょ?
 先生はわたしの問いには答えずに、
「歌華ちゃんは学校でコーラス部に入ってるんだよね?」
「はい、そうですけど・・・」
「単刀直入に言いますね。歌華ちゃんの声帯にはかなり大きなホリープがあります。しかもそれだけではなくて、声帯にわずかですが、小さな悪性腫瘍が認められます。」
「え・・・?」
ホリープがある?
腫瘍まである?
しかも悪性?
先生の言葉がすぐには理解できなかった。だって、確かに最近声が出しにくいなとか、食べたり飲んだりすると痛いなって思ってたけど、まさかホリープができていたなんて、腫瘍までできていたなんて、誰が信じられる?
「治るんですか?!」
一瞬の沈黙の後、事態をわたしより早く理解したらしいお父さんが我に返ったように身を乗り出す。
「治りますが、再発の可能性がかなり高いです。」
再発・・・。
「それじゃあ、来年の文化祭には間に合いますか?」
まだ、自分が病気だなんて信じられないけど、どうしても、高校最後の文化祭では歌いたい。そこで最後にみんなと歌うことができたなら、たとえもう歌えなくなってしまっても構わないとさえ思った。
 わたしの部は、今年、1月のコンクールには出ないことが決まっている。だからもう、半年後の文化祭に向けて、みんな頑張ってるんだ。もう、ソロの場所だって決まっている。だから突然、わたしが歌えなくなってしまったりしたら、わたし自身もつらいだろうし、みんなにも迷惑をかけてしまう。
「来年?ああ、6月か。うん、2年生のうちには、治せると思うよ」
「わたし、頑張ります!先生、どうかよろしくお願いします!」
最後のステージでみんなと一緒に歌うためなら、どんなにつらい治療だって、乗り越えられる気がするから。
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 「歌華ちゃんは、強いね」
「そんなことないですよ」
たんに負けず嫌いなだけ。
 「それじゃあ、治療方針を説明しますね。まず、内科に移って、消炎薬を投与したり、ステロイドホルモンの吸入治療をしたりしていきます。もしこれがうまくいかなければ、手術も検討します」
今すぐ手術!ってなるわけじゃないんだね。
「それって、入院とかしなきゃですか?」
「いえ、だいたい薬の治療を1~2カ月続けて、あとは週に一度正しい発声をするトレーニングに通ってもらおうと考えています。ただ、その間、もちろん歌うことは禁止です」
「わかりました」
とりあえず、入院せずに済むならよかった。部活にいけないのはもちろんつらいしみんなにも迷惑かけてしまうけれど、治せるのなら、それくらいは仕方ない。
「それじゃさっそく、今日からお薬を処方しますね」
           ❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤
家に帰ってスマホを開くと、碧羽からLINEが届いていた。
「かれん!病院どうだったの?大丈夫?」
しかも時刻は2:20。5時間目が終わってすぐだ。絶対休み時間にこっそり送ったに違いない。
「んー、ちょっとみうたちに言わなきゃいけないことがあるから明日はなすよ」
そう送ると、10秒もしないうちに既読がついた。まだ部活やってる時間だし、校内ではスマホ禁止ってことになってるけど、碧羽はいつもスマホをポケットに入れてるから、別に今更驚かない。たぶん今日は、いつ返信があってもいいように常にチェックしてたんだろう。顧問は面倒事が嫌いで、わたしたちが校則を破っていても、特に注意したりはしないから。
「えっ、それってどっか悪いの?」
「文化祭までには治るから大丈夫だよ」
「ほんとにどうゆうこと?ちゃんと明日教えてよ?」
「わかってるって!
 じゃあさ、明日の朝4人で話せる?」
4人とは碧羽、愛桜、わたし、そして部内でわたしと仲のいい望琴(みこと)のことだ。
「いいよ!2人には私から伝えとくね!
音楽室でいい?」
「うん!じゃあ7時45分にこれる?」
碧羽は朝が弱いから申し訳ないんだけど、話が中途半端なところでHRに行かなきゃいけなくなっても困るから。
「かれんのためにがんばるよ!」
碧羽・・・、ありがとう。
 わたし、木原歌華は高2で、コーラス部の副部長をしている。中学のころから歌うことが大好きで、中学でもコーラス部に入っていた。部に入っていた。高音が得意で、碧羽は出会ったときから碧羽は出会ったときからずっと、わたしの歌が好きって言ってくれる。
 1年の2月に、次のリーダーを決めた時、2年生全員が部長に愛桜を指名した。歌が上手で、ピアノも得意で、リーダーシップもある愛桜を、みんな信頼していたから。
 そして副部長をきめる段階になり、わたしか碧羽かで意見が割れた。というか、お互いに譲り合った。
「碧羽は愛桜と仲いいし、リーダーシップあるし、歌うまいし、絶対碧羽がなるべきだよ!」
とわたしが言えば、碧羽が、
「でも歌華と愛桜は言いたいことをお互いにポンポン言い合えてるじゃん。しかも歌華はすっごく歌うまいし、ピアノも弾けるし、技術の面でも1年の1年のソプラノをすでにリードしてるし」
と反論する。とうとう望琴が、
「あー、めんどくさい!もうどっちでもいいじゃん、愛桜が決めれば?」
と言い出す。
「あず?」
突然話を振られて、びっくりした声を出す愛桜。
「いやいや、あずも正直どっちでもいいし」
「ならじゃんけんで決めれば?」
部員の1人が言う。愛桜が、
「それはだめでしょ。いくらなんでも。」
「でもこのままじゃ永遠に決まらないよ?だって私たち、私たち、どっちがなっても安心だもん。」
「う・・・」
”永遠に決まらない”と言われて、ついに愛桜が声を上げる。
「じゃあ、勝ったほうね。いくよ!」
「「はーい!」」
無気力なわたしたちがじゃんけんしたら、なぜかわたしが勝ってしまって。
 正直、みんなをまとめたり、愛桜の支えになれてる自信はないけれど、わたしは2年生が、コーラス部のみんなが、大好きなんだ。






















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