ティアドロップ(短編)
3 嘘つき

「…ねむ…」


昼休みになると眠気が増した。ウトウトしそうになるので、ハンドクリームを付け直す。ドラッグストアで売っている一番安いのを買ったけれど、グレープフルーツの良い香りがするお気に入りだ。


昨日は夜中にメイクを落としてもう一度シャワーを浴びて、結局寝付けなくなってリビングでぼーっとしていた。


本当はこんな私を誰かに……例えば美月のような友達に叱って欲しい。だけど私の交遊関係は渋谷家に相応しくないという理由で全て絶たれている。



「時乃ちゃん、大あくびだねぇ。昨日は社長が寝かせてくれなかったのかい?」


「はは、違いますよ。中曽根さんったらすぐにそういう事言うんだから」


一緒に働いている中曽根さんにからかわわれる。悪い人じゃないけれど、常に一挙一動を見張られてる感じがして落ち着かない。


実際、夫に抱かれて睡眠時間が無くなったのだから、彼女の言う通りで合ってるのだ。中曽根さんが想像する状況とは違うにしても。


「幸せで良いねえ。社長は家でも優しいんでしょう?」


「はい、とっても」


私を知ってる人はみんな、私を「幸せだね」と言う。家でも職場でも私はずっと「幸せな奥さん」。



幸福で窒息しそうだ。






「ちょっとコンビニ行ってきますね」



ビルの屋上の鍵をあけて息を吐く。こんな時のために、私にはとっておきのストレス解消法を持っている。フェンスが少し壊れているから屋上の淵まで行けるのだ。


屋上のドアの鍵を閉めてしまえば完全に一人の世界。ビルのはじっこを椅子に見立てて腰かけて、遠い地面を見下ろす。


落ちたら助からないだろうなという不安と、いつでもそこに行けるという安心感で満たされた。ここで飲むコーヒーは最高だ。



「ふふっ、ばっかみたい」


嬉しくなって独り言を言う。行儀の悪い子供のように、足をパタパタさせてみる。




その直後に酷く強い力で担がれた。
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