ストロベリー・バレンタイン
「まあ座って座って!」

 翠さんに中を案内され、樹君と私はイートインスペースに腰掛けた。

 店内はそれほど広くは無いが、少人数ならこの場所に座ることが出来る。

 すると店の奥から颯君と、もう一人の大人の男の人が現れた。

「はじめまして。樹の兄の、柏葉(みつる)です」

 白いエプロンをした20歳台後半くらいの実さんは何というか、樹君をそのまま大人にした様な落ち着いた雰囲気で、思わず私はドキッとしてしまった。

「はじめまして、木下苺です」

 樹君は私に複雑そうな表情を見せ、
「兄さん、俺によく似てるでしょう、苺…。でも駄目だよ、よそ見しちゃ」
 テーブルの下で私の手を、ぎゅっと握った。

「…………!」

 実さんは樹君と私を微笑ましそうに見つめながら、話し始めた。

「2年前に君が『チョコチョコキャッスル』に来た時、俺達の父親はあの店をたたもうとしていたんだ」


「え?」


 あんなに素敵だったお店を?


「場所が悪かったせいか、客が入らなくてね。体力に自信も無くなっていたし、もう新しい商売をする気力も無くなっていた頃」


 樹君達4人は、私を見た。


「君があの店で、父が一番気合を入れて作っていたガトーショコラを出されて、美味しそうな表情で食べた途端」

 実さんが笑顔になった。





『…美味しい…!!!』






「苺が、泣きそうな顔をして叫んだ瞬間」

 颯君が、ニヤッと笑った。






『どうしてこんなに、フワッフワなんですか?!!』






「ドジおとめちゃんの目から、涙が流れ落ちるのを見た瞬間」

 翠さんが、ふふふと笑った。






『私もこんなに幸せになるお菓子、作ってみたいです!!』








「苺がそのひと皿を食べ終わり、父に向かって叫んだ瞬間」

 樹君が、私に本物の笑顔を見せた。









『元気になっちゃいました!私!!』








「父の心は、息を吹き返した」

 樹君は、お父さんを思い出す様にこう言った。











 私は、樹君達のお父さんが、
 本当に嬉しそう笑ってくれた顔を、
 その時突然、思い出した。










「…あの後、父は病気で亡くなっちゃったけど」

 樹君は少しだけ、表情が陰った。







「あの店は、何とかあの後も続いたよ。今はこの、母が始めた新しい店を、兄弟全員で守ってる」

 実さんは微笑んだ。





「…………!」








「君は、俺達兄弟の恩人なんだよ。苺」












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