クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
 ――お見合い当日、結局私は父に従った。
 場所は都内のプリンスホテル。最上階で食事会だというのだから、もはやお見合いというよりは両家の顔合わせだろう。
 父の知り合いの息子だと言っていたから、悪い人ではないのだと思う。愛せる人かはともかくとして。

「結婚が決まったら……お父さんはどうするの」
「どうするって、まあ迷惑にならんようにする」

 最上階へ向かうエレベーターの中で父と話す。
 昔はもっと大きな背中だと思っていたのに、今はなんだか小さく見えた。
 そういうことを実感するたびに、父を安心させなければいけないという気持ちが強くなる。
 そして、あの夜のことを隠さなければならないという気持ちも強くなった。

「……結婚したら、母さんに報告しないとなあ」

 呟くように言った父の言葉が胸に刺さる。

「きっとお母さん、驚くと――」

 言いかけたそのとき、ぐらりと目の前が揺れた。

「っ……?」
「雪乃?」

 不自然に途切れた言葉を訝しく思ったのか、父が振り返る。
 その顔もなんとなくぼやけて見えた。立っていられないほど強いめまいを感じ、壁にもたれようとする。
 けれど、手が滑ってそのまま倒れこんでしまった。

「雪乃!」

 お父さん、と呼んだ声は言葉にならない。

(なんで? なに? どういうこと……?)

 自分の身体に異常が起きていることはわかるのに、頭が追い付かなくて混乱する。
 だんだんその思考も黒く塗り潰されて、ぷつりと切れてしまった。
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