今夜も抱きしめていいだろ?
高価な食器が奏でる品の良いカチャカチャという音が響き

目の前に置かれたブランドもののカップはピカピカに輝いていた。

「う~ん、いい香り。頂きます。」

全員が私を見た。

私はミルクティーの湯気をひとしきり鼻で嗅いでから

カップの縁に唇をつけた。

ゴクリと飲むとアッサムの香りが上質なミルクに溶けて

なんとも言いようがないくらい本格的なものを味わえた。

「とっても美味しいです。」

と私が感想を言うとすかさず真向かいに座った次男が口を切った。

「温子さん、ここでならいつでも味わえますよ。」

「あら、じゃまた頂きに来ようかしら。」

「温子。」

横に座った母が私の袖をつまんで引っ張った。

恐らく母の意はサッサと帰ることだと容易に想像できた。

立ったままの長男がまた声を上げた。

「温子さん、お返事は後日改めて頂戴いたしましょう。」

彼に続いて次男と三男の三人が洋間から消えた。

次の瞬間早川の両親ははたから見ても気の毒なほど

肩を小さくして可能な限り顔を伏せた。

父も母も黙りこくったままだ。

私は家政婦にミルクティーのお代わりをオーダーした。

「もう一杯頂けませんでしょうか?」

家政婦は微笑んでポットを運んできた。

誰にも邪魔されず二杯目のミルクティーを堪能した。

この紅茶が毎日飲めるリッチな朝に羨望感がわいた。

いまや洋間は異様なほど静かだ。

母が父に小さくつぶやいた。

「あなた、おいとましましょう。」

「そ、そうだな。」

「温子、立って。」

それを耳にした早川の母親が顔を上げて席を立ち深々と頭を下げた。

「武者様、大変申し訳ございません。どうかご無礼をお許しください。」

父親が追加した。

「後日改めてお詫びに参りますので、このお話はどうかなかったことに。」

私の父母は怒る気になれないのか

相手を気の毒に思ったのか無言のまま退室した。

私はまたいつあのミルクティーが飲めるかを気にしながら

二人の後ろから長い廊下を歩いた。

大理石が引き詰められた六畳ほどの玄関で

ぞうりに足を突っ込んでいたら

家政婦が音もなく近づいてきた。

「お嬢さま、これをお持ちください。アッサムの茶葉でございます。」

小ぶりで洒落た缶をそっと手に持たされた。

「ありがとうございます。」

私は小声で礼を言った。

家政婦だけが始終笑みを絶やさなかった。

早川の両親はヤワすぎるという感想を持った。

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