ポケベルが打てなくて

3. 揚げあがるまで抱きしめて

 白のTシャツに小豆色のエプロンを掛けて、同じく小豆色のバンダナを頭に巻く。
 ショッピングセンターの奥にあるロッカールームで身仕度を整えた後、バイト先である惣菜屋の調理場へ足を踏み入れた。
 そこには既に、俺と同じく小豆色に包まれた菜摘がいる。

 コロッケの仕込みをしていた菜摘は、一瞬その手を止めて、すぐまた何事もなかったようにその作業を再開した。

 ……いま、確実に俺の方、見たよな?
 で、無視かよ。
 明らかに、これは……怒ってる、んだよな。

「あー……菜摘、あの……さ」
「……………………」

 何の返事もせず、菜摘は仕込みを終えたコロッケの入ったバットを手に、調理場の奥にある冷蔵庫へと向かった。
 しかも、俺の顔をチラリとも見ないまま。

 これはマズイ。
 今日のバイトのシフトは、三時間後に店長と入れ替わりになるまで、俺と菜摘の二人だけだ。
 これからの時間、夕飯の惣菜を調達しにくる客が増える。
 接客と調理を分担してやんなきゃなんねーのに、いまの状況じゃ絶対無理だ。
 とにかく、仕事をスムーズに進めるためには、ポケベルの返事が打てなかった理由を分かってもらうしかねーな。


「なぁ、菜摘。ちょっと聞いてくれって」

 ――――無視。


 ……何でだよ。
 何で聞いてくんねーんだよ。
 いつもなら、主婦客にも評判のいい元気な笑顔を見せてくれるってのに。
 昨日だって、ポケベルショップからの帰り道、あんなにうれしそうにしてたってのに。

 何で、俺に背を向けたままなんだよ。

< 7 / 9 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop