愛を贈りたいから〜これからもずっと〜
一軍には、「予告先発」というシステムがあって、試合前日の夜には、先発投手が発表されるが、二軍にはそんなのはない。


昨日の由夏からのLINEに、俺があやふやな返信をしたのは、今日の試合の先発が自分であることを明言出来なかったからだが、ただ、今の俺は週一回のローテーションで、回っていて、投げる曜日もほぼ決まっているから、由夏はあんなことを言って来たわけだ。


現実として、今日俺は先発予定だったんだが、試合開始2時間前から、滝のような雨がグラウンドを襲った。今、流行り(?)のゲリラ豪雨のような凄まじい降り方で、グラウンドはあっと言う間に池のようになってしまい、中止を余儀なくされた。


もっとも、試合開始予定時間には、天気は急速に回復して、晴れていたから、なんとも妙な気分だった。


次回登板予定は、取り敢えず未定とコーチから通告されると、俺は簡単に身体を動かし、今日は、これでグラウンドを後にしようとロッカールームに向かうと、マネージャーが追い掛けて来て


「塚原、すぐ監督室に。」


と結構焦り気味の表情で言う。何事かと、急いで監督室に入ると


「ツカ、すぐに仙台スタジアムへ行け。」


と何の前置きもなく、前田監督が言う。俺がキョトンとしていると


「今日のナイターの先発だ。」


と付け加えられたから


「え、えぇ〜!」


とさすがに、素っ頓狂な声で驚いてしまった。


事情を聞けば、今日の一軍の先発は当然、既に発表になっていた。ところが、そのピッチャーが、今朝になって、右肩に違和感があって、投げられないと言い出したのだ。


悪いことに、昨日の試合は大乱戦で、代わりを務められそうなピッチャーが、みんな登板していた。窮した野崎監督が


「そう言えば、今日は二軍は中止やろ。誰が先発予定やったんや?」


と問うと


「塚原です。」


と小谷コーチが即答。すぐに呼べ、ということになったらしい。


「心の準備も何もなく、気の毒だが、緊急事態だ。それにまたとないチャンスだ。」


「はい。」


「頼んだぞ。」


一軍監督を経験している前田さんには、今の一軍の混乱が目に浮かぶようだろう。そんな前田さんに、頼むと言われては意気に感じないわけにはいかない。


「行って来ます。」


俺は一礼して、監督室を飛び出した。
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