ボードウォークの恋人たち
「あら?治臣じゃない」
不意に会計を終えた女性が列に並ぶ私たちの前で立ち止まる。

お高そうなワンピースにハイヒール。艶やかなロングヘアは綺麗にくるくると巻かれている。私よりずっとスタイルも良く小顔できれいな雑誌のモデルのような華のある女性だ。ハルと同じか少し若いくらいだろうか。
並んで立っていたら何かの撮影現場かと思うほどお似合いの二人。

瞬時に感じたのは以前の記憶ーーー

大学生だったハルの周りにいた女たち。彼女たちが年を重ねたらこんな感じだろうとすぐに閃いた。

「カスミ先生」

「やぁね、他人行儀な呼び方して」

ふふっと親しげな笑みを見せた女性に対してなぜかハルの顔に笑みはない。

「治臣も帰国したって昨日聞いたとこ。もしかして私を追いかけて急いで帰ってきたとか?」

カスミ先生と呼ばれた女性はいかにもワケありですと言わんばかりの表情をしてハルに一歩近付く。

彼女の言葉が私の胸に突き刺さり私から呼吸を奪っていく。

治臣も、と言った。
そう
彼女も、ハルと同じ海外にいたのだ。
私の知らない間のハルの生活が初めて垣間見えた気がする。彼女もハルと共にアメリカにいたんだろう。

私の知らない数年間、ハルは場所を変えあの頃と同じように綺麗な女性たちに囲まれて楽しく過ごしていたのだろうか。

やっぱり、ハルはハルってこと?

鬱々とした澱みが私の身体に渦巻いていくような気持ち悪さに後退りそうになった時だった。

「まさか。冗談はやめろ」

すっとハルの目が細くなりハルの纏う雰囲気が明らかに変わった。

棘のある低い声を出したハルに言われた彼女でなく私の肩がびくりとしてしまう。
長い付き合いの私もこんな表情のハルは見たことがない。
冷たく突き放すような態度は私の知らない人のようだ。

「いやぁね、冗談じゃない。そんな冷たい言い方しないでよ」

そんなハルの様子にも女性は怯んだ様子を見せず反対に媚びるような笑みを向ける。

「用がないならもういいだろ。俺たちこれから順番だから」

ハルの冷ややかな言い方に隣にいる私が居たたまれない。二人がどんな深い仲だったか知らないけど、こんなひどい態度をとるなんて余程嫌な別れ方をしたのか二人の間に何かトラブルがあったのか。

以前の私が知っているハルは周りに侍らせていた女の子たちにこんな表情を見せたりこんな言い方をする人じゃなかった。
私だったらハルにこんな態度を取られたらさっさと逃げて帰るだろう。

なのにまだ微笑みを崩さないこの人は強い。
メンタル鋼。水に溶けるタイプのトイレットペーパー並みに弱い私とはおそらく正反対。
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