Sweetな彼、Bitterな彼女

立ち上がったと思ったら、もう目の前にいた。


「……なんで、ここにいるの?」

「最終便に空席が出たから」


そうじゃない、と言おうとした唇を塞がれる。


「………っ!」


久しぶりに触れた蒼の唇は、ほんの少し冷たかった。

懐かしいチョコレートの香りに包まれて、ついキスを返しそうになって、ハッとする。


(こ、ここっ……)


されるがままにキスを許してしまったが、ここがホテルのロビーだと思い出し、慌てて蒼の胸を押し返した。


「何を、してるのよっ!」

「キスだけど?」


蒼は、平然として答える。


「そう、そういうことじゃなく……どうして、ここに……」

「竜が、紅はここにいるって教えてくれたから」


振り返れば、緑川くんがニコニコ笑っている。


「蒼の調子が悪いと、俺がクライアントからお小言頂戴するんで。あとはよろしくお願いしますね? 紅さん」

「え……ちょっとっ!」

「飛行機のキャンセルはあっても、さすがにこの連休中のホテルに空室はないと思うわよ? 蒼くんを泊めてあげなさいね? 紅」

「わたしの家だって、予備の布団はないわよ!」

「蒼なら、床にでも転がしておけば十分ですよ。紅さん」

「床って……」

「とにかく、ここで押し倒されないうちに、紅の家へ行ったほうがいいと思うけど?」

「…………」


蒼の腕は、わたしの腰にがっちり巻きついている。
この状態では、逃げられない。
詩子の言うように、思い通りにならなければ、強引な手段に出そうだ。


「おやすみ、紅」

「ちゃんと仲直りしろよ? 蒼」


仲良く手を振る二人に見送られ、わたしは蒼に引きずられるようにしてホテルを出た。

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