Sweetな彼、Bitterな彼女
ここにいるはずのない人の姿に、目の錯覚かと思い、瞬きする。
「メールしただろうが」
雪柳課長は、凛々しい眉をひそめ、憮然とした表情になる。
「え? いつですか?」
「先週だ」
先週末、雪柳課長から出張を予定しているというメールを受け取っていたが、詳しい日程は聞いていなかった。
「一昨日、電話で三橋に言っておいたんだが、聞いてないのか?」
その三橋さんは、本日休みを取っている。
「聞いてませんでした……」
「まあ、いい。目的は、様子見だからな。まずは、店舗をざっと案内してもらおうか。昼は、まだか?」
「はい、いまから休憩に入るところでした」
「じゃあ、店舗を見せてもらった後、そのままどこかで昼メシにしよう。ああ、先にこれを渡しておくか」
三橋さんの席にビジネスバッグを置いた雪柳課長は、手にしていた大きな紙袋を差し出した。
「土産だ。みんなで食べてくれ」
「ありがとうございます。あ、上野さん、あとでみんなに配ってもらえる? わたしは、課長を案内して、そのままランチしてくるから」
「……は、はひっ!」
おにぎりを頬張ったまま固まっていた上野さんが、椅子から飛び上がった。
「ああ、君が上野さんか。黒田から、いつも助けてもらっていると聞いている。三橋がさんざん迷惑をかけて申し訳ない。どうか、見捨てないでやってくれよ?」
優しく微笑む雪柳課長に、上野さんの顔が真っ赤に染まる。
「と、とんでもないですぅ……」
雪柳課長のような大人の色気たっぷりの男性を前にして、通常運転できる女性は、そうそういない。彼女が卒倒する前に、雪柳課長を連れ出したほうがよさそうだ。
「課長。案内しますね」
「ああ、頼む」
オフィスは三階にあるため、バックヤードの階段を使って二階の店舗フロアへ降りた。
新支店は、二階に家具、一階にインテリア雑貨やファブリック類を置いている。
平日の昼間ということもあって、フロアは閑散としていた。
「可もなく、不可もなくといった感じか……」
「そうですね。郊外の支店と違い、新商品や売れ筋を見本として展示している意味合いが強いので。販売戦略室は、個人顧客よりも、セレクトショップ、マンションのモデルルーム展示やレンタル家具など、主に対法人の営業に力を入れていますから」
「このシリーズの実物を揃えて置けるのも、ここくらいか。各支店では、展示品も売り切れているらしい」