Sweetな彼、Bitterな彼女
「黒田?」
「いまのところは、まだ。ただ、一緒に住もうかと考えています」
歯切れの悪いわたしの答えに、雪柳課長が自嘲気味に言う。
「俺に、望みはまったくなさそうだな?」
振り返り、蒼とは違った意味で、わたしの弱い部分を知っている人を見上げる。
惹かれても、おかしくなかった。
優しくて、大人で、尊敬できる上司だ。
でも、わたしの心を揺さぶって、わたしの理性を奪うのは、雪柳課長ではない。
「わたしは、蒼が好きです。結婚するなら、蒼しか考えられません」
わたしの返事を聞いた雪柳課長は、ふわりと優しい笑みを浮かべた。
「おまえが白崎といて幸せなら、それでいい」
もし、雪柳課長が優しい人でなかったら、わたしは楽になれる道を選んでいたかもしれない。
蒼とすれ違い、一方的に別れを決め、弱っていたわたしを攻略するのは、簡単だったはずだ。
でも、雪柳課長は、蒼にわたしとやり直す機会を与え、わたしが蒼と向き合えるように見守っていてくれた。
だから、その手を取らずに済んだ。
後悔することなく、まっすぐ蒼と向き合えた。
「ありがとうございます。課長のおかげです」
そんなありきたりの言葉では、どれほど感謝しているか伝えきれないと思いながら、頭を下げた。
雪柳課長は、深々と溜息を吐いた後、ぽつりと呟く。
「こっちの地酒は美味いんだよな……」
「……おねだりですか?」
「ひとりごとだ」
「ずいぶん、大きなひとりごとですね?」
笑いながら頭を上げた時、ぐらりと視界が揺らいだ。
(え……)
「黒田っ!?」
危うく階段を転げ落ちそうになったが、雪柳課長が腕を掴んで引き寄せてくれた。
「大丈夫かっ!? 貧血か?」
「い、え……」
健康診断で、貧血を指摘されたことはない。
寝不足でもないし、体調が悪いということもない。
夏バテ気味なのかもしれないが、北国の夏だ。たかが知れている。
食欲だって、ちゃんとある。
「ちょっとした、立ちくらみだと思います。空腹ですし……」
「馬鹿を言うなっ! 病院へ行くぞ。おまえには、喘息で救急に担ぎ込まれた前科があるからな」
「前科って……」
「とにかく、早退だ」