Sweetな彼、Bitterな彼女
Sweet and Bitter
九月末日。
わたしは新支店のサポート業務を終え、北国を離れた。

家財道具がないとはいえ、半年も暮らしていれば、それなりに物も増える。

荷造りが面倒だから、可能な限りセカンドショップに売り払ってしまおうと思っていたら、一週間ほど前に蒼がやって来て、引っ越しに伴うアレコレを全部やってくれた。

荷造りはもちろん、手続き関係、飛行機の手配、職場で配るお菓子の用意まで。

わたしは、身一つで蒼と一緒に旅立つだけでよかった。

距離にして千キロ以上のフライトは、ほんの一時間半。
離陸して間もなく寝てしまい、起きたら着陸していた。


「お帰り! 紅。やっと紅と一緒にいられる……」


蒼は、到着ロビーへ出るなりわたしを振り返り、抱きしめる。

ロビーには、当然のことながら大勢の人がいて、目を逸らしたり、マジマジと見つめたり、さまざまな反応を示す。


「あお、蒼、離れて……」

「紅、疲れてない? 休憩してから、移動する?」


思いのほかすんなり解放されたが、蒼はすかさず手を繋ぎ、わたしを心配そうに覗き込む。

妊娠がわかってからというもの、蒼は毎週末わたしに会いに来て、とにかく世話を焼きたがった。

誕生日に会いに来てくれた時、薬のせいで喘息がバレたせいもあるけれど、妊婦は病人ではないと、何度言ってもわからないようだ。


「大丈夫よ」

「気分が悪くなったらいつでも言って? 車だから、自由が効くし」

「……車?」


てっきり公共交通機関で移動するつもりでいたから、驚いた。


「レンタカー?」

「ううん。買った」

「買った? 蒼、運転できるの?」

「できるよ? いまの事務所も車で通勤してるし。新しい家、不便な場所じゃないけど、駅からちょっと距離があるし、子どもが生まれたら車があったほうが便利だよね?」


空港の駐車場に停めてあった車は、いわゆるファミリーカーのようだが、カラフルでキュート。
ちょっと動物を思わせる個性的な車体が、陽気な蒼の雰囲気にぴったりだった。

車内は広く、シートの座り心地も抜群。車高も低めだし、荷物もたくさん積めそうだ。


「紅が運転するなら、もっと小さい方がいいかなと思ったんだけど、安全で頑丈なのが一番だから。俺が好きなデザインだってのも、あるけど」


正直、蒼が説明してくれた安全性についてはよくわからなかったが、いろいろ考えて選んでくれたことだけは、理解した。
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