Sweetな彼、Bitterな彼女


「ここの焼き鳥、絶品なんだ。鶏肉好きの紅なら、きっと気に入ると思う」


蒼が私を連れて行ったのは、高級フレンチでも、イタリアンでもない。
彼が学生時代から通っているという、カウンターしかない小さな居酒屋だった。

しかし、なぜわたしが鶏肉好きだと知っているのか。
訝しむわたしに、蒼は苦笑した。


「毎日、社食で紅が選ぶメニューを見ていれば、誰だってわかるよ。オヤジさん、串を端から全部ください! それから……紅も、生ビールでいい?」

「うん」

「生、二つね! あ……そうだ、忘れないうちにチョコのお返し渡すね」


蒼がごそごそとジーンズのポケットから取り出したのは、しわくちゃの小さな紙袋。

中から出て来たのは、黒いレザーのキーホルダーだ。

猫の形をしていて、首輪のところに赤い石がはめこまれている。
ガラス玉ではない。たぶん、ルビー。
しかも、猫のお尻には「K.K」と刻印されている。

偶然ではなく、わたしのイニシャルだろう。


「これ……もしかして、オーダーメイド?」


しっかりした造りや細かなこだわりは、市販品のものではない。
蒼は、にっこり笑って頷いた。


「作ってくれたのは、レザークラフト作家の友だちだけど、デザインは俺がしたよ」

「どうして、猫なの?」

「え? だって、猫好きだよね? 領収書に『再提出!』ってデカデカと書いてきた付箋が猫だったし。デスクの上に肉球のぷにぷに置いてるし。社員証のストラップも猫柄だし。休憩中に、スマホで猫の動画みてニヤニヤしてるし」


隠していたわけではないが、動画を見て癒されている姿まで目撃されているなんて、恥ずかしすぎる。


「いつ、どこで観察してたのよ?」

「通りすがりに。紅がどこにいるのか、なんとなくわかるんだ。俺、紅がどこにいても、見つけられる自信があるよ?」


不覚にも、胸がドキドキした。
蒼のくれた素敵なお返しは、嬉しかった。

でも、社員食堂で見た光景が、素直な気持ちを口にするのをためらわせた。
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