Sweetな彼、Bitterな彼女


「まあまあ、そう堅苦しくならず。座って話そうよ。二人も座って。ね?」

「は、はい、失礼します……」


(営業の鬼が直々のお出ましとは……わたしたち、やらかした?)


心当たりはまったくないが、冷たい汗が背筋を流れ落ちて行く。
横に座る三橋さんも心なしか青ざめているようだ。


「二人は財務経理部の要だから、先に話をしておいたほうがいいだろうと思ってね」

「はあ……」

「どうも……」


話の内容に見当がつかず、曖昧な返事をした次の瞬間、横田課長が爆弾を投下した。


「実は……僕、三月末で異動することになったんだ」

「えっ!」

「ええっ!?」


わたしと三橋さんは、ほぼ同時に叫び声を上げた。

年度末決算に監査を控えたこの時期に、異動なんてあり得ない。

他の部署の異動は四月一日付が多いけれど、財務経理の繁忙期は年度末の三月から、株主総会がある六月まで。

この時期に人事異動を行うならば、何か月も前から入念な引き継ぎが必須だ。


「ヘルニアの手術で迷惑を掛けた分も取り戻せていないのに、こんなことになって心苦しいんだけど……母親が倒れちゃってね。父親も高齢だし、とてもひとりじゃ世話できない状況なんだ。退職も覚悟したんだけど、実家近くの支店で欠員が出て、急遽異動させてもらえることになった。というわけで、後任は雪柳課長だから」

「…………」

「…………」

「正式な辞令は四月付になるけれど、年度末決算もあるし、監査もある。呑気にしてはいられない。急いで引き継ぎをするよ。とは言え……」

「財務関係は、営業の時にも若干関わっていたが、経理や会計についてはまったくの素人だ。早急に業務内容を把握するつもりではいるが、当分の間、二人にはかなり負担をかけてしまうことになると思う。申し訳ない」


雪柳課長に深々と頭を下げられて、わたしも三橋さんも飛び上がった。


「とんでもない! いくらでもコキ使ってくださいっ!」

「仕事なんですから、お気になさらず!」


恐ろしい激務が待っていることは想像に難くないけれど、事情が事情だ。しかたない。


「雪柳くんは優秀だから、大丈夫だよ。営業にも、ちゃんと書類を整えて来いって、苦情も言いやすくなるしね」


カラカラと笑う横田課長に、雪柳課長は凛々しい眉を八の字にする。


「すみません。まったく耳が痛い話で……」

「ま、雪柳くんにとっても、営業部にとっても、うちの部にとっても、いろんなことがプラスに働く異動だと思う。二人とも、しっかり新課長をサポートしてほしい」

「もちろんです!」

「はい」

「それから……」


横田課長がにやにや笑い出し、わたしはなんとなく嫌な予感がした。


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