Sweetな彼、Bitterな彼女

顔を上げたわたしの目に飛び込んで来たのは、紅茶色の髪と優しげなダークチョコレート色の瞳。

すっと通った鼻筋と高い頬骨は、どこか日本人離れしている。
柔らかな笑みを象る唇は……とても美味しそうだ。

シャツにジーンズというラフな恰好をしていても、極上の部類に入るイケメンだった。


「それ、限定品だよね? 絶対に、美味しいと思うんだけど」


わたしがぼうっとしている間に、長い指がトリュフをひょいと摘まみ上げる。

一粒ウン百円のチョコレートが口の中へ消え、ゆっくりその表情が蕩けて……満面の笑みが浮かんだ。

甘く、優しく――もしも自分だけに向けられたなら、一瞬で溶けてしまいそうだ。


「んーっ! やっぱり、めちゃくちゃ美味しいっ! ねえ、もう一個食べてもいい?」


わたしが頷く前に、二個目のチョコレートが消える。

さらに、物欲しそうな目でじっと見つめられ……


「……よかったら、あげる」


箱ごと差し出すと、彼は子どものように喜んだ。


「マジでっ!? すっごい、嬉しいんだけどっ! ちゃんとお返しするから、名前教えて。俺は、白崎 蒼(しろさき あおい)。蒼って呼んで?」


(白崎……蒼?)


その名前には、憶えがあった。
ここ二日ほど、わたしをイライラさせていた張本人。
ふざけた領収書を提出して来た人物だ。


「あなた……チョコレート代のっ!」


蒼は、きょとんとした顔をしたが、すぐにわたしの正体に思い当たったらしく、破顔した。


「もしかして、財務経理部のヒト? 言われたとおりに直して、再提出したよ。あれでいいよね? 商品の正式名称はちゃんとネットで調べたし」


胸を張って答えられ、しかも「褒めて!」と言わんばかりの笑みで見つめられ、わたしはすっかり毒気を抜かれてしまった。


「……そういうことではなく。用途をちゃんと書いてほしいんです」

「用途って……チョコなんだから、食べるため以外にどんな使い道があるの?」

「いや、だから、どうしてチョコレートを買ったのかってこと」

「仕事のためだけど?」

「仕事?」


わたしが疑いの目を向けると、蒼は長身を屈め、耳元で囁いた。


「秘密だけど……実は、デザインのヒントなんだ」


企画デザイン室に所属しているのだから、「白崎 蒼」はデザイナーなのだろう。が、家具をデザインするのに、なぜチョコレートが必要なのか意味不明だ。
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