"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる


その日一日、大洋は本当にこれでいいのか、と言いたそうな顔を何度もしたが琴音は満足だった。

体調が万全でない彼を連れ回したくなかったのもあるけれど、ただ単純に二人でいられればそれでよかったのだ。


二人でスーパーに行くのも久しぶりだったし、海辺を散歩したのはいつぶりだったかも覚えていない。

それに、「手を繋いで」と言えば、手を繋いでくれた。

手を繋いで歩く二人を見た近所の人には「相変わらず仲がいいですね」と言われた。琴音は嬉しかった。

居間でお菓子を摘みながらテレビを見たり、庭の花を一緒に眺めたり、ちょっとだけ昼寝をしてしまったり。

いつもと変わらないように見えて、実はそうじゃない。

一日中ずっと一緒にいることなんて案外ないものだ。


昼寝をしてしまった時間は勿体ないが、過ぎたことは仕方がない。

その分、大洋がずっとそばに居た。
それだけで十分だった。


大晦日恒例の歌番組をBGMに年越し蕎麦を食べ、途中から除夜の鐘の映像に切り替わる。


のんびり過ごしていた時間はあっという間にカウントダウンが始まった。

何事も始まりがあれば終わりがある。

一年の終わり。
琴音の誕生日の終わり。


ーーーあぁ、終わっちゃうなぁ。


ゴーン、ゴーンと鐘がなる度に焦燥感や寂寥感が込み上げて来て、隣にいる大洋の腕にしがみつくように抱き込んだ。


最後の鐘が鳴り、新年を迎えた。

テレビの中の人たちは口々に新年の挨拶をしているのに、相沢家は違った。


「あと一年だ」

大洋が呟いた数字は琴音には余命宣告のように思えた。絶望的な数字に彼女は目を閉じ、力なく彼の腕を離した。

つい数秒前まで琴音を甘やかしてくれた大洋はどこにもいない。無情にも彼は琴音の腕を解いて大和室へ続く木扉を開ける。

やだ、と心が訴えても言葉にはできず、去年と同じことを繰り返した。


彼は琴音が踏み入れられない扉の先へと消えてしまった。


< 134 / 259 >

この作品をシェア

pagetop