溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を
予想していなかった言葉に、風香は固まってしまった。
恋人はいる。結婚を誓った大切な相手がいる。それなのに、すぐに「はい」と返事をする事など出来るはずがなかった。
恋人である柊自身に問われてしまうとは思わなかったのだ。
それで、全てを理解し、やっと受け入れる事が出来た。
柊は風香の事を綺麗に忘れているのだと。
「風香さん?」
「………せん」
「ぇ………」
「恋人はいません」
平然を装って笑顔で言葉を紡いだつもりだった。けれど、きっと上手く笑えていないのだろう。目の前の彼の表情が、少し悲しげだったのだ。よく言う、会話をしているとお互いに同じ表情になるものだ、と言う事が正しければ、彼の表情が、今の風香の表情なのだろう。
眉や目尻を下げて、苦しげに微笑む顔だ。
自分の事を忘れてしまった人の事を、恋人や婚約者とは言えない。
風香はそう思い、彼に「いない」と告げた。
これが正しい判断だったのかはわからない。
けれど、今はまだ彼に本当の事を伝える勇気は出なかった。