Limited-lover



美味しい料理を食べて、宮本さんのお仕事の話(主に鈴木さんと作田さんの話)やら宮本さんが普段やっているゲームの話やらを聞いたり、私の“ゆるネコびより”の豆知識を話したり。

楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。


「そろそろ帰ろっか?」と立ち上がった宮本さんはマスターに「ごちそうさま」とお金を渡すとスタスタと店を出ていく。


「え?!あ、あの…」


慌てている私を見てマスターがまた声を出して笑った。


「あいつ、格好つけてんねー。彼女の前だとあんな感じになるんだな。」
「や…彼女と言ってもまだ付き合い始めて間もないので…」
「そうなの?」


へー…と少し意外そうな顔をした後、ニッと口の片端を上げる。


「…その辺はわかんねーけど、健太の事よろしくな。
マジであいつがここに彼女連れてきたの初めてだから。
しかもあんたが座ってた所はさ、健太が一人で来た時の指定席みたいな所でさ。そこにサクッと案内したから、よっぽど気に入ってんだなーって。
あいつは多分、心許したヤツにしか自分のテリトリーを見せないから。
まあ…うちに連れてきた時点で、おっ!って俺は思ったけどね。 」


…それはつまり、宮本さんが私に多少気を許してくれているって事?



お店を出ると、寒そうに背中を丸めて宮本さんが立っていた。
私を見て、眉を下げると指で私のほっぺたをつまむ。


「本当にほっぺた、柔らかいよね。大福みたい。」
「…お支払い。」
「大福から金を巻き上げるのは忍びないので」


ほっぺたが横に伸びたまま真顔な私が面白いのか、目尻に皺をつくり、もう片方のほっぺたも摘まみ遊び始める宮本さん。


「はひはふひひはほう!」
「何言ってんかわかんないから却下。」


…宮本さんは、何かおかしいって思わないのかな。
昨日はお夕飯こそ、私が払ったけど、座布団を買って貰ってる。そして今日も宮本さんの奢り。

私が好きって告白して…付き合って貰ったんだよね?

私が頑張る立場じゃなくて?
そこは『割り勘で』ってならないのかな。
それとも…付き合った彼女にはこう言うスタンスなのかな…


「うーん…」
「あ、引っ張ってても、『うーん』とは言えるんだ。」


ほっぺたを開放して、そこをスリスリと親指でこすると、私の手を握りポケットに突っ込んだ。


「じゃあ、明日チャラにしてよ。そしたら平等でしょ?」


明日…も、一緒に居てくれるんだ、会社帰り。


「どこ行くかは、まあ、昼休みに決めれば良いか。」


…昼休みも。


何となく立ち止まってしまった私に振り返り「ん?」と優しく小首を傾げる宮本さん。


「…いえ。明日はラーメンかなあ…なんて思っただけです。」
「あー!ラーメンね。すっげーあったまりそう、麻衣と食べたら。」
「…ラーメン自体じゃなくてですか?」
「うん。だって、麻衣の食べてる顔、七福神なんだもん。」
「それはつまり食いしん坊…」
「いや、七福神。」
「…意味がわからないです。」
「でしょうね。」


とりあえず、食いしん坊のレッテルは貼られてなかったのかな、これ。


どちらにしても、ククッと笑う横顔が嬉しくて、今、この瞬間が幸せで、少しだけチクリと気持ちが痛む。


……一週間だなんて言わなきゃ良かったのかな。
でもきっと言わなきゃ付き合って貰えなかっただろうからな。


駅の手前で信号にさしかかる。

気が付かれない様に少し顔を俯かせ小さく息を吐いたら、不意にポケットの中で手を握り直されて引き寄せられた。


フワリと重なる唇。


う…そ…
こんな路上で…キス…

信号待ちの何人かが気にする様に一瞥したけれど、琥珀色の煌めく瞳には驚き目を見開く私しか映っていない。

少しだけ憂いを帯びている様に見えるその表情に驚く程色気を感じた。


「…やっぱりちょっと疲れてるんじゃない?」


目の前で動く薄めの唇に、身体の奥が熱くなる。


「だ、だい…丈夫、です。」
「そ?とりあえず家まで送るから。」
「え?!へ、平気…です!」
「……ああ、俺が送ったら不都合な理由があんのね。」


ふ、不都合…

いや、まあ…現状で送って頂くと、自ら部屋に連れ込みそうな程、宮本さんの色気にはやられていますけど。


ポンと頭に手が乗っかった。


「ダレてる大福を食らう趣味はありませんよ?俺は。」


…食らって頂いた方が、いっそ今世の思い出になりそうな。


「ちゃんと休まないと。明日ラーメン食いに行けなくなるよ?」


口角をキュッとあげ、少しだけ好戦的な感じに変化する宮本さんの表情。

同時にまた、左頬を優しく摘ままれた。


「折角の一週間なのに、リタイヤしてもらっちゃ困ります。」


"折角の1週間"…か……


信号が青になる。



「行くよ」と歩き出す瞬間、ポケットの中で指が絡められた。




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