Limited-lover





その後、本当は、飲みにでも行って、口説き直すかなんて思っていたんだけど…。


「では、ここで!ありがとうございました!」


堅っ!
何その、90度よりも深々とお辞儀する挨拶。


そそくさと帰って行く麻衣に、ふうと少し、思わず溜息。
もしかして…若干後悔してんのかな、俺に告白したの。昼休みも強引に呼び出してるしな…。


まあ別にいいんだけどね、だったらそれで。
よくあるパターンだし。これで終わりでも別に…

………なんて今回はならないよ?悪いけど。

人の事その気にさせといて、麻衣の後悔ごときで引き下がるわけないんだよ、俺は。そこまで人間出来てないんで。

とにかく、一週間は俺の彼女ですから。堂々と口説かせて頂きます。


と言うわけで、次の日も昼休みに呼び出し。

部屋の奥の隅にちょこんと座って待ってた麻衣に吸い寄せられる様に近づいてって抱きしめた。

肩におでこをのっけて瞼を伏せて。そうしたら、遠慮がちに背中に回って来た麻衣の腕が俺を少し引き寄せ、その手が頭を優しく撫でる。


あー……あったかい。


やっぱり昨日も会社に戻ってきて今日の午前中の分の書類整理の仕事やっといて良かった…。


大きな仕事が終わって、理解ある課の皆がフォローしてくれているとはいえ、手が空くわけでも無い。
山積みの仕事を朝からやったんじゃ、この人の休み時間に合わせてここに来るのは無理だもんね。

たかが10分程の昼寝時間だけど、俺には“されど”。無理してでも仕事を片付けようって思うほど、癒される時間。

麻衣、ありがとう。
麻衣のおかげで、すごく贅沢してるわ、今。


そう思う分、欲は膨らむ。


触れ合うだけのキスがどうしても物足りなくて、少し強引にその頭を引き寄せ唇を重ねた。


「ん…ぅ…」


執拗にキスをされている事に戸惑いがあるのか、それとも息苦しいのかは定かじゃないけど、麻衣が甘い吐息を少しもらす。


それを掬い取る様にまた唇を塞ぐ。


…そろそろ止めないと。
このままだと、多分、調子に乗って襲うわ、俺。

身体を強ばらせ俺のスーツを引っ張る麻衣をギュッと抱きしめ直した。


…離れ難い。
なんで、麻衣ってこんな抱きしめ心地が良いんだろう?


後ろ髪引かれる思いはすごくあったけれど、まあ、俺もいい大人だし。
告白されたとは言え、そこに天狗になって一人よがりは良くないから。

とにかく、仕事にお互い戻ろうかと、離れようとした時に見せた寂しげな麻衣の表情。

それだけで、気持ちが浮かれる。

…だからさ。そう言う顔されると、連れて帰りたくなるんだって。


なんて思ってたら出て来た“サクラ”の話。


俺とサクラの関係をこの時点で、はっきりとサクラが喋るとも思えなかったから、曖昧な言葉でしか返せなかったけど。


まあ…じゃあせめて、松也さんの店に連れていくのはありかな。


どうせ俺は麻衣の事、一週間経って、あっさりサヨナラさせるなんてなさそうだし、そうなると、どう言う経由かは分からないけれど、先々、松也さんの店には行く事になるだろうから。だったら、俺が松也さんに紹介したい。

“彼女”として。


それに…「ハンバーグが好き」って言ってたから好きな気がする。ハンバーガー。


案の定、松也さん特製ハンバーガーを目の前に、ヨダレが垂れそうな顔をして目を輝かせてる麻衣は、一口食べて、その丸めの目が余計に丸くなって瞳がキラキラと輝く。それから、目を三日月にして細めた。


「美味しい…」


控えめにそれだけ。
テンションが上がって賑やかになるわけでも騒ぐわけでもなく、ただ食ってるだけ。けれど、頬張った顔が完全に、七福神。

何その、この世の全てが幸せみたいな顔。

俺は、笑いを堪えるのに必死で、楽しくて、おかげで、今までにないほど、美味い酒が飲めた。

一緒に麻衣の様子を見ていた松也さんも嬉しそうに含み笑いをしてて、トイレに立った時、裏で「お前、超イイ女連れてきたな!」なんて豪快に笑ってた。


「“あいつら”は知ってんの?」

「あ~…どうだろう。特に話てはいないけど、真斗は何か勘づいてるっぽいけど聞いてこないかな。作田さんはよくわかんない。」

「なんかあいつらっぽいな。」

「でも、あの子、サクラの後輩だし、仲良いから伝わってるかもね。サクラ経由で。」

「なるほどね…ってああ、もしかして、例の子?!お前大丈夫なのかよ、テ、出して。」

「…いや、サクラに許可取る必要もないし。」

「後でボコボコにされんなよ~」

「されません。」


白い歯を見せて笑う松也さんに何となく照れくささを覚えつつ、麻衣を気に入ってくれた事も嬉しくて、松也さんの所で楽しく過ごしてくれた麻衣に心の中で感謝した。


…昔から“俺達”の居場所だから、松也さんの所は。

また…麻衣が一緒に来てくれる様に俺も頑張らないとって事だよな。


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