運命という名の足枷(仮)


寒いと思ったら、雪だ。

寒いと、ヒルダはどうしても朝に起きられなくなり、奴隷達を管理している、ギャレガーという男に折檻される。

棘だらけの鞭に、背中ばかりを打たれ、しまいにはギャレガー自ら蹴り、殴り、蛮声をあげながら、ヒルダが気絶するまでいたぶるのだ。

背中は毎回、血で汚れる。

ヒルダは綺麗なものを好む。

血塗れの背中など、美しくない。

「ヒルダ、アンタ平気か?」
「大丈夫やった?」

ヒルダが意識を取り戻すと、必ず徒樹と旭宇が同時に、同情と心配の声をかける。

その目には、「自分じゃなくて良かった」という心の声が秘められており、ヒルダは毎回目をそらす。


「ああ…、平気。…っ、てて…っ…、くそっ、思いっきり腕、踏みつけやがって……折れた…ら…、使いものになんないっての…」

ヒルダはうめき、立ち上がる。

簡単に服の乱れを整え、身体についた埃や血を払い落とし、ぶつぶつと愚痴をこぼす。

寝坊をした自分に非があるという事は理解していたが、折檻という名の暴力に、怒りを通り越し、呆れてしまう。

完全に立場は自分の方が下だと分かっているし、悲劇のヒロインぶるつもりなど、微塵もない。

自分が女で、しかも子供であることを、振りかざす気もない。

そもそも、ヒルダは女である事を強制的に捨てさせられた身だ。


今更女には戻れない。


ヒルダはただ、暴力が気にくわないのだ。

暴力など、無意味で、不毛で、気にさわり、──そして、美しくない。

美しくないものなど、存在する必要がないと、ヒルダは本気で思っている。

美しくないもの──それは、汚いもの。

平々凡々としたものには、悪も善もあったものではない。

そして、汚いのに、美しくなろうという向上心の欠片もない存在も、気にくわない。

「汚い」というのは、何も形や容姿のことではない。

ヒルダは容姿には拘りはない。

汚いというのは、もっと奥深くの事だ。

「黙っとったら分からんばってん、どぎゃんしたと?ヒルダ。背中、たいぎゃ痛かと?」

本気で心配している旭宇の言葉に、ヒルダは我にかえる。


ヒルダには空想癖がある。

空想の世界では、いつだって自負が格好良く、スマートで、「美しく」あれる。

それは素晴らしいことなのだ。

「痛いよ」

ヒルダはただ一言で済ませ、つるはしを手に取った。



ー例えば。このつるはしでギャレガーを“天に送って”やりたいと思う心は、「汚い」。


ただし、自分の心に嘘を吐き、ギャレガーを恨まないと自分に言い聞かせるのも、「汚い」。


「 美しい」の反対は「汚い」だが、「汚い」の反対は「美しい」ではない。

それは違う。

「汚い」の反対は“別の”汚いなのだ。
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