前略、結婚してください~過保護な外科医にいきなりお嫁入り~
 どうしたら伝わる? 私は本当に幸せだって。今、文字にしたところで反応は同じだろう。なにか他に手段はないのか。

 悩んでいるうちに、彼の大きな手がぽんと頭に乗せられる。


「じゃあ、仕事に戻る。気をつけて帰れよ」


 憂いを隠した優しい表情でそう言い、手が離された。腰を上げて歩き始める彼を引き止めたいのに、そうしたところでなにができるのかとためらってしまう。

 ……でも、これじゃ十年前と同じだ。恋心を届けたってどうせ無駄だと、手紙を渡すのを諦めたあの頃の自分と。

 哀愁が漂う背中に、心の中で〝待って〟と投げかけた。じっとしていられない気持ちが勝って、弾かれるように立ち上がる。

 呼び止められないとわかっていても、私は息を吸い込み、口を開いていた。

 この想いを、感情を存分に表せるのは、やっぱり声しかないのだと痛感しながら──。


< 231 / 245 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop