前略、結婚してください~過保護な外科医にいきなりお嫁入り~
 今のはもしや……先生の唇? キス、されたの?

 目を丸くして視線を上にずらせば、すでに顔を離した彼の瞳とぶつかる。それでも距離が近くて、心臓の鼓動が急に駆け足になる。


「ありがとう。おやすみ」


 月夜のように優しく妖艶な微笑みを向けられ、私の胸は幾度となく締めつけられた。

 先生の一挙一動にドキドキして、そのたびに好きになる。この想いは一体どこまで膨らむのだろう。

 恋い焦がれる私は、歩き始める彼に「お、やすみ、なさい……」とたどたどしく返した。

 惚ける脳内に、ずっと前に今と似たような大胆な気持ちを伝えたときがあったことと、先ほどの先生の言葉が蘇る。

『今も医者を続けているのは、彼女のおかげでもある』のはなぜなのかはわからないけれど、今の私があるのも間違いなく先生のおかげ。

 初めて恋に落ちたあの日、私は彼に救われたのだから。

 きっと私しか覚えていないだろう遠い日に思いを馳せながら、私は小さくなっていく後ろ姿をしばらく眺めていた。


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