恋人のフリはもう嫌です
罠にはまって恋人役に

罠にはまって恋人役に

 始まりは散々だった。

「俺に目もくれない君に興味が出た」

 真っ直ぐに向けられている眼差しは、妖しく細められた。

 スッと通った鼻梁と切れ長の目。
 意思の強そうな真っ直ぐな眉は男らしく、薄い唇からは色気が漂っている。

 西山 透哉 (にしやま とうや)。

 西洋彫刻を思わせる美しい顔立ちの彼は、見つめるだけで女性を妊娠させられると揶揄される危険な男だ。

 その彼と隣り合って飲んでいる状況も、現実かどうかままならない。
 カウンターの端に私が座っているために、逃げ場はない。

 黙っている私に、彼は言葉を重ねた。

「健太郎に好意があるとは、実に興味深いよ」

「違っ」

「違うのなら、俺の提案を聞き入れるくらい容易いよね」

「それは」

「それとも、俺といると好きになってしまいそうで怖い?」

 試すように目を弓形にして言われるものだから、私はつい大口を叩いた。

「まさか、あり得ません」

 ああ、誰か。私の口を縫い付けて。

 得たい答えを聞いた彼は、満足そうに言った。
 罠にまんまとはめられた気分だ。

「だよね。それなら余裕だ。俺の恋人役」

「ええ。朝飯前ですとも」

 ああ、この負けん気の強い意地っ張りな性格。
 重石を付けて、海に沈めてしまいたい。
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